詩の玉手箱 「コットさんの出てくる抒情詩」

 

 

   コットさんの出てくる抒情詩

            金子光晴

 

子どもも見ている

母も見ている

けさ、湖水が初めて凍った

水はもう動かない

 

母は 水の上をすべってみたいという

子どももまねをして

ちょっとそう思ってみる

だが、子どもは寒がり屋

‥‥‥

――戦争は慢性病です

コットさんは言う

――冬がすめば春が来ますよ

 

子どもよ 信じて春を待とう

だが 正直 この冬は少々

父や母には長すぎる

 

子どもには 取り返す春があるが

父や母に その春はよそのものだ

 

大切な人生の貴重な部分を

吹き荒れた嵐が根こそぎにした

 

コットさんはながいからだを

病気で床によこたえている

米ありません

薪ありません

いま世のなかをかすめているのは

絶滅の思想だ

こずえにささやき 虚空にうずまいているものは

‥‥‥

不安定な湖の水が

風に揺られてきしみながら

吠えるように泣く‥‥

 

 

 金子光晴が詩集を刊行したのは1937年、すでに中国への侵略戦争は始まっていた。金子光晴は、素手天皇軍国主義に立ち向かったのだった。