歌集・小さな抵抗」(渡部良三)つづき

 

歌集・小さな抵抗」(渡部良三)つづき

 

 息子が出征したあと、内村鑑三の無教会キリスト者だった良三の父は、思想犯として治安維持法違反の罪で逮捕され、住民からは米英のスパイだと家族は激しい差別と弾圧を受けていた。

1946年敗戦。渡部良三は生きて故郷に帰ることができた。

 

 

  ざらめ雪はだらに残る峡(かい)の村 学徒兵ひとりいま復員(かえり)来つ

     

    春のザラメ雪の残っている谷あいの村へ、良三は無事帰ってきた。

   

  「スパイの子」われ復員す むら人ら 息を沈めて かいまみるがに 

    

    戦時期ならば、父は、「非国民」と、公然とののしられていたことだろう。

 

  残雪の崖道を帰るわが姿に 寿言(ほぎごと)たまう人のいくたり

 

    しかし今、良三の無事の帰還を喜び「おめでとう」と言ってくれる人がいる。

 

  権力(ちから)もて時代(とき)の青春剝ぎ取りし この祖国みよ 焼け野原なり

 

    若者の青春をはぎとり戦場に送った国家権力、その祖国は今や焼け野原だ。

 

  父の祈り夕餉(ゆうげ)の席にとよもしぬ わが出征く(ゆく)夜の暗さ残さず

 

    良三帰郷した日、家族の夕食で、父の祈りの喜びと感謝の声は響き渡った。

    

  垂る涙のごわず 母は息子に語る 物資配給に受けし八分を

 

    涙をぬぐうこともせず、母は戦時の食糧配給で村八分にされていたことを語る。

 

  暁の不意打ちのさまに有無のなく 父に縄うつ「特高」をきく  

 

    夜明けにやってきた特高警察は、有無を言わさず父を縛って連行したのだ。

 

  生の涯(はたて) 戦争を憎む一筋の心 われより去ることはなし

 

  生命賭け捕虜虐殺を拒みしが いそのかみ旧(ふ)りしこととなしえず

    

 捕虜虐殺を拒否したことを、過ぎ去ったことだと、過去の記憶にしてしまうことはできない。戦争を引き起こした者たちの罪は、永久に残り続けるのだ。。

 「いそのかみ」は「ふる(旧る)にかかる枕詞。」   

 今野日出晴はこの歌集の解説で、述べている。

 「人を殺してはならないという倫理規から、敵は殺さなければならないという倫理規範に転換させるのが軍隊であり、戦争であるとすれば、ここで示されているのは、敵も殺してはならないという倫理規範を、渡部良三は現実に実践したということであった。」