おじいさんの古時計

 

 

 気がついたら自動車免許の期限が先月に過ぎていた。ありゃあ、昨年九月に更新免許のための教習はすませてあったのだが、その後の手続きが頭の中から飛んでしまって、気が付いたのが昨朝。遅かりし由良の助。わが記憶は風のように頼りなくなった。遠い過去の記憶は消えないが、近い日々の記憶は、脳にとどまるのが弱くなっている。忘れてた、忘れてた。

 「もう免許、返上する?」

 いやいや、免許の返上はまだ考えていないよ。まだ運転は必要だよ。大阪の兄の勝ちゃんはもう返上したと言った。そこは町、買い物は歩いてすぐに行ける。車は無くても不自由しない。けれどこの信濃の地ではそうはいかない。

 「教習は済ませてありますが、免許の有効期限をすぎてしまいました。」

教習所に連絡し、警察に連絡し、どうしたらいいか聴く。やれやれ、やっかいなことになった。

 まずは住民票を市役所に行って発行してもらわねばならない、それから免許センターに連絡して、これからどうしたらいいのか聞いて、あれやこれや、やらねばならない。

 自転車に乗ってまずは市役所の支所に行った。寒風が吹きすさんでいる。氷点下の風は身を刺すようだ。道端に雪が残っている。村の中を通り、田んぼの畔を走り、工場の前を通り、住宅街を横切り、神社の森をかすめて役所に着いた。ああしんど、役所は暖房が快適だった。

 帰りは上りの坂道、冷たい向かい風、自転車を押して歩く。息が切れる。後ろから来る車の音が聞こえない。これがいちばん危険。息を切らせて帰ってきた。

 明日は中南信免許センターへ行かねばならない。センターは塩尻にある。遠いなあ。ため息が出る。家に帰って免許センターに電話をかけ、つづいて教習所に電話をかけ、応対に出た人はみんな親切だった。

 

 今朝の雪嶺、すごかった。荘厳というべきか。有明山の左に見えるのは燕岳か、右に見えるのは餓鬼岳か。

 左から、蝶が岳、常念岳、燕、餓鬼、北に、爺が岳鹿島槍ヶ岳五竜岳唐松岳白馬連峰

 ああ、かつて四季を通じて登った山々。

 「今はもう 動かない おじいさんの 時計‥‥」

 「おじいさんの古時計」をくちずさむ。

 

  大きなのっぽの 古時計 おじいさんの 時計

  100年いつも うごいていた ごじまんの 時計さ‥‥