下やんよ

 

 

 下やん、元気かあ。「最老後」(こんな言葉はないけど)が、ひたひたと押し寄せてくる感じやねえ。オレは若いころ、「カモシカ男」「不死身」を豪語していたけど、やっぱり近づいてくるものがあるなあ。朝と夕方、二本ストックついて野を歩くんや。北アルプス常念岳から白馬岳までの雪嶺のモルゲンロートやアーベントロートには、涙が出るよ。朝日が当たる鹿島槍ヶ岳の東尾根、第一、第二岩峰が見えるんだよ。あーあー、あの氷壁を登ったなあ。ここから見る山、抜群に美しいよ。蝶が岳、常念岳、つばくろ、餓鬼岳、爺が岳鹿島槍五竜、白馬、すごい眺めや。

 下やん、元気でいてくれ。もう山仲間がおれへん。北さんも平岡も、みんな逝ってしまった。下やんだけや。藤谷さんへの連絡もとれなくなった。何か情報を知ってるかい? 

 昨日、野を歩いていて、ときどきフッと、浮かんでくる歌なんや。1965年、OB山岳会の有志で、シルクロード探検の旅に参加し、ロシア経由でヨーロッパに入り、イタリアのベネツィアを出発点にして中近東に向かった旅。その旅の出発で新潟港から乗ったナホトカ行きのロシアのバイカル号、その船内で出会った若い船員が、おれら山岳部員に教えてくれた歌があった。覚えてるかい、下ヤン?

  「ドボルベチェリ ネーニャガラニー バチェムター コイニャアラドーニー‥‥‥」

 意味も分からず、その場で皆覚えて、船員と一緒にみんなで歌ったなあ。不思議なことに、その歌が未だに忘れない。あの時だけの歌が今もよみがえる。不思議なことやなあ。モスクワは、寂しい雰囲気だった。ワルシャワはさらに暗かった。

 モスクワ、ワルシャワ、ウィーン、イタリア各地での自由行動の日、オレは北さんと行動をしていたが、下やんは、どこで何をしたのか知りたいねえ。

 まあ、年を取って、こんなことを思ったりしてよ。

 この寒い冬、けれど昨日温かくなったとたん、モンシロチョウが飛んできた。いったいどこで生まれたのか、餌になる花も若草もまだ何もないのに。

 生命は不思議だ。