広報あづみの

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 安曇野市が発行する「広報あづみの」、今月号の記事は久しぶりに読ませるものだった。

 記事は、安曇野に生息する貴重種のオオルリシジミという蝶を保護するために食草のクララを植え、穂高西小学校の子どもたちが取り組んでいる話だ。

 その次に「安曇野の木を地域の暮らしに」という取材記事。

 記事を読んでほっと心がなごんだ。やっとこういう取材記事が出てきた。

 これまでの広報は、市役所からのお知らせオンリーで、無味乾燥だった。ずっと思ってきたのは、なぜ市民からの取材記事がないのか、市長の写真は毎月載るが、主人公である市民のニュースはなぜ広報に登場しないのか、ということだった。

 私は15年前、安曇野に移住してきた。そのころ、「広報あづみの」の一つの記事に出会い、感銘を受けた。記事は有賀さんという一人の市民の体験で、広報のトップに載っていた。ちょっと私の記憶が飛んでいるが、有賀さんは青少年満蒙義勇軍の一員になって満州に渡ったものの、日本は戦争に敗れ有賀さんは難民収容所に入れられる。帰国を待つ間、食べるものに事欠き、街に出てうずくまっていると、一人の中国の少年が、有賀さんの前にマントウを置いて行った。それを収容所に持って帰って仲間と食べた。次の日また街に座っていると、その少年がやってきて、有賀さんを自分の働いている店に連れて行き、働く場をつくってくれた。有賀さんはそうして生き延び、日本に帰ることができた。有賀さんはその命の恩人を忘れず、自分の人生を日中友好に尽くそうと考え活動してきた、だいたいそういう内容だった。その記事を読んだ私は有賀さんと連絡をとり、いろんな話を聞かせていただいた。「広報あづみの」には、「市民」を伝える記事が載っている、感銘を受けた私は、その後も広報を楽しみにした。しかし、いつのころからか、広報は、市役所のお知らせ伝言板になっていた。

 

 「市民のニュース」を伝える広報を歓迎する。

 市民の暮らし、知恵と工夫、市民の活動、助け合い、市民の悩み、子どもたちの遊び、安曇野のすてきな道、景色、自然、さまざまな公園の姿‥‥

 無限の情報が眠っている。