鶴見俊輔の眼

 

 

 今は亡き哲学者の鶴見俊輔がかつて、雑誌「東京人」の相撲特集に、こんなことを書いていた。往年の名横綱大鵬柏戸についてのエピソードである。

 「樺太(サハリン)出身で、父親がウクライナ人で、母親が日本人の大鵬は、苦労して横綱まで進み、好取組を重ねた柏戸との間で、新聞雑誌上で八百長をうわさされたことがあった。そのことについて、大鵬は、ほんとうに悔しかったと思い出を述べ、

 『わたしが柏戸さんに、いろいろつらかったろうね、と言ったら、彼は、ウンと言って、ボロボロ泣いたんです。素直でいい人だなあと思いました。それからの私たちは、人間対人間として、真の友になったんです。』

と語った。

 古めかしいスポーツのジャンルの中に、これほどインターナショナルな道が隠れている。

 国会や国会についての新聞記事を超えて、日本人が今も捨てていない身振りの中に、世界の諸国家のせめぎあう状況を超えていく力が潜んでいる。そこまでもどって考え直さないと、原爆使用のビッグサイエンスと結びついた国家制度から人間が自由になる道はない。」