「静かなドン」の会話

 

 

  1916年、ショーロフの小説「静かなドン」のなかの、塹壕の中での兵士たちの会話。

 ドンはドン川、ロシアの大地を流れてアゾフ海に注ぐ。

 

 「おめえ、説明してくれよ。戦争が一部のものをもうけさせ、他のものを破滅させるってことを。そのためにオレたちは死に追いやられているんだということを。民衆はそういうことが分からねえとでも言うのかい。」

 「おれたちが、こうやって葦の茂みにひそんだ鴨みたいに、こそこそ話しているが、大きい声で言ってみろ。いっぺんに銃殺だ。」

 「鉄砲をうしろに向けるんだ。人々を地獄に追い込もうとしている奴に弾丸を撃ち込むんだ。」

 「新しい政府ができたら戦争はどうなる。やっぱりやるんだろう。戦争をどうしてなくすんだ。なにしろ大昔からやってんだぞ。」

 「強欲な政府があるかぎり、戦争はなくならねえ。労働者の政府をつくらなけりゃならねえんだ。そうすりゃ国境なんかなくなる。憎悪は消える。」

 「兵隊たちは、戦争に嫌気がさしているよ。その証拠が脱走兵だ。そこで政府はコサック兵を使う。政府は、コサックの軍隊を切り札にとっておいて、いざというときに使うんだ。今や、労働者には、飢えと不満と無言の抗議が満ち満ちている。日露戦争は、1905年の革命を生んだが、今度の戦争は新しい革命で終わるさ。」

 「この戦争では我が国が負けた方がいいというのが、君の腹だろう、どうだ。」

 「ぼくは、敗戦主義だよ。」

 「祖国の敗戦をねがうなんて、裏切りだ。」

 「ぼくはロシア社会主義労働党の党員だぜ。インテリの君は、政治的にはまったく盲目だな。」

 「じゃあ、戦争反対の君はどうして志願して将兵になったんだ。自分の見解とどう両立させるんだ。」

 「ぼくが志願したのは、どうせ兵士としてとられるからだよ。この塹壕で得たことは、将来役に立ちますよ。」

 そう言ったプンチュークは翌日夜中に脱走した。

 

 かつてコサックは、軍事共同体を組織し、ドニエプル川流域に生存していた。コサックは「自由な人」の意味だ。ドニエプル川はロシアに発し、ベラルーシウクライナを流れてヘルソン近くで黒海に注ぐ。