突然、肺ガンがやってきた <4>

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 病室604号室は、四人部屋。四台のベッドはカーテンで仕切られて、互いのあいさつも何もない。どんな人なのか。顔も分からない。医師、看護師と会話している時の声は聞こえるが、患者同士は断絶している。これもコロナが影響しているのかな、と思う。

 そこで、ぼくは挨拶を交わして、みんな自己紹介しよう、と考え、声を掛けようかと思った。けれど、それも迷惑かもしれないなとためらってしまう。

 

 もう二十数年前になるが、腕を怪我をして、伊賀上野の病院に入院したことがあった。外科病棟の一室は六人部屋だった。患者を仕切るカーテンはないから、気軽に話ができた。中の一人が、腕を白布で吊るしていた。ぼくは、どうしたのか聞いてみた。

 「内科で入院したのだけれど、明日退院、沖縄に帰れる、という前の日だったので、外出許可をとって街へ出たんです。街を歩いて病院に帰る途中、古い町並みの中を歩いていて、つまづいてしまったんです。バランスを失って、民家の入り口のガラス戸に倒れ込んで、腕をガラス戸の中に突っ込み、出血多量、大怪我をしてしまった。退院は吹っ飛び、このありさまです。」

 それから六人の雰囲気ががらっと変わった。同情、なぐさめ、励ましの言葉が次々と五人の口から出た。沖縄からやって来たその人は、家族の今の境遇を語った。

 「ここで、こんなことをしているわけにはいかない。どうしたらいいのか。」

 五人は考えた。そして自分の考えを語り始めた。

 いつのまにか六人の間に、旧知の友人であるかのような友情が通っていた。

 

 あの時のことを思い出し、この同室に人と、せめては挨拶でもと僕は思っていたら、廊下側の向かいの人が、カーテンの隙間から新聞を読んでおられたから、声を掛けた。その人もかなりの高齢者だ。ニコニコ笑いながら、

 「もう読み終えたから、この新聞読みますか。」

と言って、数日分を渡してくれた。

 それからその人とは少し近づくことができた。窓際のもう一人の人は、僕より数日後に手術していた。部屋のカーテンが開いていたから声を掛けあいさつした。

 「私も肺ガンです。」

 彼はガンの状況を話してくれた。二人と話ができたが、もう一人の窓際の人とは話ができなかった。

 それでも同室の人と親しくなると、病室の雰囲気はがらりと変わる。部屋の空気が変わると、生活の雰囲気、気分も変わる。