現代の飢餓


          早春賦歌碑、穂高川の堤の上で。


 仰のけに寝ていた。左のわき腹の下から、パンパンパン、一秒に二回ぐらいの速さで、衝撃波が体の内部、腎臓めがけて発射される。
まな板の鯉か。パンというピストルを撃つような音と共に、パシッと皮膚を押すような軽い痛みと衝撃がある。
それが約一時間続いた。
 腎臓に結石があると赤十字病院で診断され、紹介状をもらって体外衝撃波結石破砕療法(ESWL)のできる松本の病院に来たのは先月。この地方でESWLの治療ができる機器を備えた病院は三箇所、その一つだ。一ヵ月後、治療開始日となり、午前にレントゲン検査し、午後に早速「衝撃波治療」を受けることになった。
 不思議なもので、規則正しい衝撃波が背中に打ち込まれているにもかかわらず、二十分ほどしたらなんだか眠くなってきた。同じことの繰り返しの刺激を受けていると睡魔が襲ってくる。こんなに刺激を受けているのに眠くなるもんだなと思いながらうとうととしていた。
「痛くないですか。」
看護師の声で目が覚めた。
「あ、大丈夫です。」
一時間は長かった。


 治療の終わった翌日、レントゲン撮影の結果を医師が見せてくれた。結石はまだ完全に粉砕されておらず残ってはいるものの、電子カルテの映像では、石の真ん中にひびが入っていて、二つに割れる可能性があるようだ。石が小さくなれば尿管からの排出が期待できる。


 同じ病室の隣のベッドの人は、前立腺の治療で入院していた。入院した同室の人と仲良くなるのは楽しみで、この人ともいろいろ話がはずんだ。年はぼくより四歳下だ。職人さんのようだった。
「店もってたんだがねえ、倒産しただ。裁判所に破産宣告してもらって、なんとか切り抜けてねえ。ストレスがすごかったから、そのとき 肺の病気にもなっただ。息子たちが助けてくれて、今はストレスもない暮らしだよ。ハッハッハ。」


 一泊二日の入院治療が終り、会計課から治療費が示された。一瞬たじろいだ。29万といくらか、健康保険のおかげで支払ったのは十分の一になったが、なんと高い治療費か。身体にメスを入れない、ESWLという新しい治療機器の導入に、高額の費用がかかる。治療費の高くなるのもやむをえない。しかし高額治療費が健康保険によって何割かに割引された額であっても、支払うのが難しい人たちも多くいる。


 今月20日、東京で親子三人が餓死しているところを発見されたというニュースが出ていた。アパートのガスも電気も止められ、冷蔵庫の中には何もなく、一円玉が残されていただけ。死んでから二ヶ月ほど経っていた。
 さいたま市のマンションでは、母子が飢え死にしているのが見つかった。
 生活保護を受けることもなく、人に助けを求めることもせず、死んでいった現代の飢餓。
 悲劇を知った近所の人たちは、なんとかできなかったのかと悔やんでいるという。
 国や自治体が社会福祉の充実を進めていても、そこから漏れていく人たちがいる。地域住民の絆が生きていなければ、仕事からも生活からも見放された心の飢餓が自死に向かう。生きることをあきらめ、生きる力を失い、訪れる死を待ちながら、命の炎の消えいくままにこの世を去っていった人たちの悲しみ、寂しさを思う。