少年十字軍1939

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  ブレヒトがつくった、「少年十字軍 1939」という詩がある。

   

  39年、ポーランド

  血なまぐさい戦争があった

  無数の町の また村のあとに

  荒涼たる廃墟がひろがった。

      東の町で ひとはくちぐちに語り

      雪は降り積んでいる

      聞いたか 一種の少年十字軍ができあがり

      ポーランドを進発している

  街道を 飢えた子らが小さい一団をなして

  歩いてゆく 小さい足を引きずりながら

  みちみち 消し飛んだ村にひとりきりで

  とほうにくれている子を加えながら

      彼らは望んだのだ 痛切に

      戦争から この悪夢から 逃れ出たいと

      そしていつか平和な土地に

      着きたいと

 彼には 小さな指揮者がいた

 皆を励まし 引っ張ってゆく

 彼には一つ 大きな不安があった

 道だ どの道がどこへ行く?

       また 四つの子の手を引いた   

       11歳の女の子

       母親に代わって なんでもした

       でも平和な土地はどこ

 ビロードの襟の子がいた ユダヤの子

 歩いてた みんなに加わって 

 今まで真っ白なパンしか食べなかった子 

 歯を食いしばって がんばって

        犬が一匹いた

        殺して食べるつもりでつかまえたのだが

        どうして殺して食べたりできる?

        で ふえたのだ 一緒に食べる仲間が

 子どもらがめざした方角は南

 真昼の十二時に

 太陽のある方角が南

 まっすぐそっちに

         一度 夜 彼らは砲火を見た

         で 彼らは進むのを見あわせた

         一度 三台の戦車が近くを過ぎた

         無論それには人間が乗っていた

 ポーランドの南東のどこか

 雪は降りしきり 烈風はひゅうひゅう

 そんなどこか 55名が最後に

 数えられたという

         探しているのは 平和な土地

         雷鳴もなく 猛火もない

         彼らが棄ててきたのとちがう土地

         列は大きくなる 次第次第

 大きくなって どうやら変容する

 薄闇をとおして目を凝らし 列の中を見ていると

 新たな小さな顔も見えてくる

 スペインの フランスの また黄色の顔

         ポーランドで その年の一月に

         一匹の犬が発見された

         やせ細ったその首に

         犬は紙の札をつけていた

 札には ――どうかどうか、助けて!

 ぼくらはもう道が分からない

 ぼくらは55人いて

 待っています 犬についてきてください

          もし来られぬなら 急いで

          犬を放してやってください

          犬を撃ったりしないで!

          ぼくらのいる所は この犬しか知っていない

 字は書かれていた 子どもの手で

 農夫たちがそれを見た 

 それは もう一年半も前で

 犬は飢えきって死んでいた  

 

 この詩は35連になる長い詩で、そのうちの17連をここに掲載した。

 詩の題名は「少年十字軍」だが、歴史上の十字軍とはその目的も実態も異なる。この少年たちは、「難民」と言ったほうが当たっているだろう。彼らは子どもたちで逃避行を組織した。戦争のない平和な土地はどこかにないか。1939年、ドイツはポーランドに進撃し、第二次世界大戦がはじまったのだった。

 ブレヒトはドイツの詩人であり戯曲作家だった。1898年、彼はバイエルンで生まれた。1933年、ナチスが政権を奪取したことにより国外へ亡命。1945年、敗戦の祖国へ帰国。1956年、死す。