ブレヒト「ドイツ」


 ブレヒトは、崩れゆく母国を悲しんで次の詩「ドイツ」を作った。1933年、ナチスが政権を奪取し、ブレヒトが国外に亡命した年だった。ブレヒトは母なるドイツを「きみ」と呼び、「きみ」がナチスに侵され、「きみ」の国民がヒトラーを賛美する様子を悲しむ。ヒトラーは演説に力を入れた。演説で人を酔わせ、踊らせた。
この詩の初めに、こんな文が書かれている。
 「ひとびとよ みずからの恥辱を語れ、
 ぼくはぼくの恥辱を語る。」


      ドイツ
                ブレヒト(野村修訳)

 おおドイツよ、ぼくのいろあおざめた母!
 いかにきみはけがされて
 諸国民の間に座していることか。
 きたないやつらの手に
 おちいっているのだ、きみは。


 きみの息子らのうちのいちばんみじめな者が
 いま打ち殺され、よこたわる。
 かれが飢え、飢え、飢えていたとき
 きみのほかの息子らは
 かれを打ちのめして恥じなかった。
 そのことはすでにひろく知らされている。


 やつらは、かれを打ちのめしたのと同じ手を
 振り上げて、
 あろうことか、きみのすきをうかがっている、
 面とむかってきみをあざわらいながら。
 それもすでに周知のことだ。


 きみの家にいま
 声たかくわめきたてられているのは、虚言、
 しかし、真実は
 声となることができぬ。
 いいのか、それで?


 なぜ、四辺の圧迫者どもはきみをほめちぎり
 被圧迫者たちはきみを難じているのか?
 搾取されつくしている者らは
 きみを指弾し
 逆に、搾取してる者どもは賛美する
 きみの家ででっちあげられたシステムを。


 でも、きみがきみのスカアトのすそを
 かくすのは、誰の眼もをのがれえぬ、
 見よ、きみのスカアトのすそは、きみの最良の息子の
 血にまみれている。


 きみの家からとどろく演説を聞けば、ひとは笑う。
 だがきみを触目すれば、ひとはナイフをつかむ、
 きみは泥棒と見られるのだ。
   

 おおドイツよ、ぼくのいろあおざめた母!
 きみの息子らの行為のゆえに
 いまきみは諸国民の間に座して
 嘲笑の種となり、また恐怖の種となる。