イワダレソウと夕映え


 昼下がりの野道を、杖をついて歩いてきた人、誰かと見れば長瀬さんだ。
「こんな日中に、いったいどこ行くんです。気温35度越えてますよ。」
「車、出してくれと家内に言ったんだけどね。車は出さんいうから、歩いて来ただ。」
 長瀬さんの家からここまで一キロほどある。
「こんな猛暑のなか? 何をすんの?」
「あぜに、草対策でね。花を植えてるだ。」
「えーっ、こんな暑いときに? なんという花?」
「イワダレソウと言うんだがね。富山から取り寄せただ。小さな花が咲くんだね。これが茂ると、他の草を生やさなくなるんだね。かわいい花でね。」
 夏の草対策は苦労の種だ。
 長瀬さんは耳が遠い。耳元にまで行って大きな声を出さないと聞こえない。
「大丈夫ですか。熱中症!」
「ま、大丈夫、90歳だよ。」
 にやりと笑って、また杖をついて畑に向かって歩いていった。
 長瀬さんの畑は今タマネギの種を栽培している。
 家に入って、パソコンで調べた。

 「ヒメイワダレソウは、クマツヅラ科・イワダレソウ属に分類される常緑の多年草です。草丈は5〜15cmで、地面を這うように茎が伸びて広がります。また、根は40〜60cmと地中深くまで伸びます。
 花は白やピンク、中間色の3〜4mmほどの小花が集合し、直径1〜1.5cm程度の球状になります。ヒメイワダレソウは、耐寒性や耐暑性に優れているほか、耐踏圧性もあることから、グランドカバーに利用されます。
 また、生命力が強いので栽培の手間がかからず、害虫を寄せ付けないコンパニオンプランツとして植えられることもあり。
 最近では、ヒマワリの30倍のセシウム吸着効果があるとされ、除染を助ける植物として注目を集めています。
 岩場に垂れるように咲くイワダレソウの仲間で、イワダレソウより小さいことが名前の由来です。」

 夕方、ランとの散歩でその畑の横を通った。200メートルほどの畦の草はきれいにはぎとられ、何箇所かに4、5ミリほどの小さな小花が群落をつくり、ひそやかに咲いている。これがイワダレソウか。
 ぐるっと野を散歩して畑に戻ってくると、長瀬さんがいた。ぼくの顔を見てニコッと笑い、まずランの頭をなでて、
 「いい子だね、いい子だね」
 「これがイワダレソウだいね。広がると、いいだよー」
 長瀬さん、うれしそう。
 いくつになっても長瀬さんの好奇心は衰えない、研究心、チャレンジ精神、90歳、バンザイ。

 夕方は庭の畑の水やり、水路からバケツやタンクで汲んできて、キウリ、レタス、ナス、シシトウ、ピーマン、ニンジン、ブルーベリーに注ぐ。滝のような汗。
 夕食の時間、夕焼け、見たことのない全天緋色の夕焼け。食事をストップして野に出る。
 おうー、『夕映えの中に』だあ。シューベルトの夕映えだ。