帽子



どこへいったんだろう。
ニットの帽子がない。
耳も凍えるほど寒く、
特に吹雪の日には、
耳もおおえる、柔らかくて暖かいその帽子が役にたった。
どこへいったんだろう。
遠くまで朝の散歩の足を延ばし、
帰り道は頭に汗がにじみでた。
あのとき、帽子を脱いで手に持った。
その手から帽子は落ちたのかなあ。
翌日も、翌々日も、田んぼや畔を見ながら、
どこかに落ちていやしないかと、
見渡せど、どこにもそれらしきものが見つからない。


ぼくのお気入りは、もうひとつの帽子。
焦げ茶色のニット帽。耳の上までの浅いキャップ。
ワイフが八が岳の麓の店で買ってきた
小さな鳥の羽根の飾りがついている。
その帽子もまた、見当たらない。
どこへいったんだろう。
家中さがしたが、どこにも見当たらない。
この帽子は散歩にはかぶらない、
どこかへ置き忘れてきたのだ。
どこだろう。
帽子をかぶって外出すると、暖房のきいたところで脱ぐ。
あのとき、このとき、思いだしてみる。
病院かもしれない、検査の時に帽子をとった。
公民館の日本語教室かな、帽子を脱いでそこらにポイと置いた。
病院、公民館の忘れ物のなかにまじっていないか、今度行ったら聞いてみよう。
お気に入りだった帽子、
小さな鳥の羽根型の飾りのついた帽子。


1965年、ヨーロッパ縦断の国際列車に乗ってイタリアに入った時、
コンパートメントの客室に同席した一人のイタリアの青年は、
空軍のパイロットだと言った。
彼のかぶっていたキャップに、一本のきれいな鳥の羽が付いていた。
イタリアの空軍兵士は、おしゃれだよ。
彼はポケットから小さなハーモニカを取り出して、
イタリアのナポリ民謡を吹いてくれた。
列車はオーストリアから国境を越えて、イタリアのドロミテに入っていた。
ドロミテだよ、ドロミテ。