「正露丸」


 太平洋戦争の激戦地だったガダルカナル島で、今も旧日本軍の兵士の遺骨収集をしている人たちがいるという。
 遺骨収集は、日本兵の遺族と、「全国ソロモン会」の人たち、そしてNPO法人「JYMA日本青年遺骨収集団」らが行っている。
 島にはまだ約7000人の遺骨が土に埋もれ、風雨にさらされている。


 収集団の人たちが丈高き草をかき分ける。密林の急斜面で遺骨が次々と見つかった。
 軍服のボタンが見つかり、日本兵であることは間違いない。
 歯が見つかり、頭骨が現れ、その脇にガラスの小瓶があった。
 かすかに「正露丸」のような臭いがした。


 ここまで記事を読んで、しばらくぼくは瞑目した。
 「正露丸」の臭い、あの強烈なクレオソート臭。それが75年の時を経ても残っていた。
 風化はしていなかった。


 日露戦争のときに兵士が持って行った「征露丸」、露西亜を征伐するという名前の腹薬。
 アジア太平洋戦争が終わって平和国家になってから、「征」はよくないと、「正」の字に変えられた。
 ぼくは登山や旅行には「正露丸」を必ずザックの中に入れた。


 土色になった遺骨、その脇に「正露丸」は生きていた。
 75年たって尚、兵士たちの霊魂は故郷に帰ることができないでいる。
 彼らを野ざらしにした母国は、そのことを忘却してしまっているかのようだ。

 我が叔父・茂造さんは、海軍に召集され、サイパン沖で海の藻屑となった。
 叔父の遺骨は還らなかった。
 75年の年月を経れば、遺骨は海流に流され、故国日本の海のどこかに、今も漂っているのではないだろうか。