開高健の小説「パニック」……行政関係者はこの小説を読んでほしい


 120年目に笹が開花し、実を結び、枯れる。すると、その実を食べるネズミが大繁殖して、農作物も森林も怒涛のようなネズミの大軍に襲われ、大打撃を受ける。120年目の到来が近づくと、それを予測した一人の県職員、俊介が、これまでの動物学の研究にもとづく警告とそれへの対策企画の対策提言書を県の上部に上げる。しかしそれは一顧だにされず、行政は何の対策もしなかった。
 そんなことは起こり得ない。これまでそんな前例はなかったではないか。当てずっぽで役所仕事ができるか。
 上司は俊介を無視し、下の職員は、俊介をバカにする。
 しかし、それは起こった。笹の実を食べるために集まってきたネズミは、栄養価の高い笹の実を食べ、交配を繰り返し、子どもを生み続け、恐ろしい数になっていった。
 とたんに、局長ら幹部職員の態度は変わる。俊介の言ったことは本当だった。そして彼らはそれまでの無責任をなんら振り返ることなく、対策を俊介に任せる。
 爆発的に増えるネズミはさらに農作物を食べ、森林を食いつくし、ついに家の中まで侵入して食べあさり、人間の赤んぼうまで食い殺した。恐るべきはペストだ。
 合わせてこの小説は、行政機関のなかにある力学と、怠慢、腐敗、堕落を暴いていく。奥野健男は、こう評論している。
「『パニック』は、生産性の向上による世界人口の増加、工業化による大都市の膨張、メカニズムの中に盲目となった人類たちを、笹の実で大繁殖したネズミによって暗喩し、またそのネズミに対する防御もせず、汚職にあけくれ、保身をはかる無能な官僚メカニズムを、ネズミの大襲来によって直喩する、二重の風刺になっている。」
 ネズミによる被害を予知した俊介の対策企画は、官僚機構のなかで握りつぶされ、ところが、ネズミの襲撃が実際に起こってくると、上司は責任を逃れるために、俊介を酒席に呼び、抱きこもうとする。
 開高の筆は人間と社会を鋭く描きながら、小説最後の場面に至る。湖に向かってネズミの大群は走るのだ。圧倒的な迫力だ。この小説は、1957年(昭和32年)に発表された。
 今の世の中、行政機構、官僚機構は相も変わらずだ。ことが起これば、「想定外でした」と言って逃げる。部下は異論を発せず、大胆な提案をせず、仲間内の空気に合わせ、上からの指示を待って動く。上は、学識・見識・先見性をもって多様な意見を生みだし、引き出し、検証し、戦わせるという、リーダーとしての当然の役割を果たさず、結果として大災害が起これば責任を逃れようとする。
 この「パニック」とともに、カミュの「ペスト」もまた、行政関係者の必読の書として薦めたい。