ネズミから始まった恐ろしい出来事(2)

    小説『ペスト』(カミュ


 畑でとってきたバジルをのせて焼いた手作りの四角いピザ。




この前、高校生以上の人なら理解できると思ったから、
ぜひカミュの『ペスト』を読んでみよう、と書きました。
それは、新型インフルエンザが世界中に広がって、
これは経済と平行して伝染病の世界大恐慌が起こるかもしれないと感じたから、
人類が体験してきた感染病魔の記録とも言えるこの小説を紹介しようと思ったのです。
一時は大騒ぎだった新型インフルエンザは病状がひどくならないために、ニュースになるのが少なくなったのでしょうか、
あまり報道されることがありません。
でも、今も広がっているようであり、過剰報道がパニックを引き起こさないようにという配慮があるのでしょう。


ところで、私たちは外国の小説を翻訳文で読みます。
そこで翻訳の上手下手が問題になります。
訳文のなかに、いったいこれはどういうことを言っているのだろうかと疑問に思う部分があります。
こちらの読解力の足りなさもあるでしょうが、
ぼくの読んだ小説『ペスト』の訳文も、原文を翻訳者は理解できて訳したのだろうか、と考え込んでしまう箇所が何箇所もありました。
部分的にはそういう理解できないところはあるとしても、
小説の大きな流れは、読者をひきつけます。


ネズミの死からペストの大流行が始まりました。
恐ろしいできごとの起こる前兆を詳しく書き記し、それが人間に起こってくることを暗示します。
やがて人間の感染がしょうけつをきわめます。それはそれは、すさまじいものです。
フランス領アルジェリアのオランの町を、政府は閉鎖します。
町から出ることも、町に入ることも禁止、
交通機関もストップになります。
感染をその町だけにとどめるためです。
その町に来ていた人たちは、町から出ることができなくなり、
町の外にいた人は町の家族と会えなくなり、
警察や軍が法令順守にむけ、町の閉鎖や隔離を徹底しようとします。
ペストとの闘いは、すべて町の中の人たちで行なわなければならなくなりました。
次々と人は死んで行きます。
感染者を診断し、隔離し、死者をほうむる、
その活動は壮絶をきわめました。
死者は毎日毎日百人を超える数になり、
絶望的な状況が深まっていきました。
このパニックのなかで人はどう生きたか、
それがこの小説の重要なテーマです。
人間の生き様、生き方、その心のうちを、実に詳しく小説は描いていきます。
いったいどこまで行くのか、われわれは滅亡するしかないのか、
その絶望のなかで立ち上がり、ペストと闘っていく人物像が描かれます。
人間と人間の関係が記されます。
深い友情が育ちます。


そういう状況の中で、希望を予知したものがありました。
ネズミでした。
ペストの流行を予知したネズミが、
今度は逆に、流行の終わりを告げる使いになりました。


   「『もうしめたもんでさ』と、爺さんはいった。
  『やつら、また出てきましたぜ』
  『誰が?』
  『誰って、ネズミでさ!』
    四月以来、ネズミの死体は一匹も発見されていなかった。
  『それじゃ、また始まるのかな』と、タルーはリューにいった。
  『まったく見ものですぜ、やつらの走り回ってる様子は、それこそ楽しくなるようだね。』
    爺さんは、生きたネズミが二匹、道路の方の戸口から自分の家へ帰ってくるのを見たのであった。」


   「この新たな事実はすべての人びとの口にのぼり、そして人びとの心の底には、
   それと語られぬ大きな希望が波立っていた。」


ペストの死者の統計は下降し始めます。


   「健康の時代が、公然と希望はされないでも、
   しかも、ひそかに期待されていたという一つのしるしは、市民たちがもうこの時から、
   ペストの終息後どんな風に生活が再整備されるかということについて、
   無関心らしい口ぶりながらも、進んで話すようになったことである。」