幼稚園、学校の教育と自然


 フランクフルトの住宅街を歩いていると、大きな樹が葉を茂らせているところがあった。足を止めて観察する。ほう、幼稚園かあ。興味深々でのぞいた。したたる緑のなか木漏れ日が映っている。目の前に遊具がある。子どもの大好きな、冒険心をくすぐる遊具。アスレチック風に、ほとんど木で作られている。よじのぼる、渡る、くぐり抜ける、ぶらさがる、子どもたちが全身で遊ぶものだ。あいにく日曜日だったから子どもたちを見ることができず残念。
 別の日に小学校にも行きあった。正門を入ると緑のトンネルの向こうに校舎があるが、その手前にやはり木製のアスレチック風の遊具が見える。
 古城の街ではモンテッソーリの子どもの家もあった。ここは公園のような木の茂りしか見えない。たっぷり時間があればいろいろ参観したいのだが、それはかなわなかった。

 昔のぼくの小学時代、竹のぼり、雲梯(うんてい)、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒が、運動場の片側にあった。竹のぼりは、二十本ほどの真直ぐな竹棒が上をはずれないようにして、ずらりと並んで垂直に立てられていた。子どもたちは両足で竹をはさみ、両手で体を支え、よじのぼる。いちばん上までよじのぼると目的達成、するすると下りてくる。ほとんど鉄製の遊具の中で、これだけが自然素材だった。鉄は頑丈で長持ちするが、冷たく、固い。子どもたちが直接手に触れ、肌に温かみを感じ、心に感じるものは、やはり自然の産物、木材がいちばんいい。しかし安全面やメンテナンス面で、今なお遊具は鉄製が大部分を占めている。戦後日本にフィールドアスレチックが入ってきたとき、それは子どもを引き付けた。木材をふんだんに使った大規模なフィールドアスレチック場は、遊びの場の雰囲気をがらりと変えた。爆発的な人気が出て、フィールドアスレチック場は各地に誕生した。中学校教員をしていた時、遠足でそこへ生徒たちを連れて行って、一日遊ばせたことがあった。
 学校の校庭に、できるかぎり木製の遊具やベンチなどを置くという発想は、日本にはいまだ浸透していない。
 幼稚園は、ドイツの幼児教育者、フリードリヒ・フレーベルが世界で最初に設立した。彼は幼稚園の教育内容は、遊びや作業を中心にすべきものと考え、そのために遊具を考案し、花壇や菜園や果樹園からなる庭を幼稚園に必ず設置すべきであると主張した。1837年、世界初の幼稚園として「一般ドイツ幼稚園」が開設される。
「森の幼稚園」はデンマークで誕生した。1950年代にデンマークで一人のお母さんが森の中で保育をしたのが始まりとされている。やがて「森の幼稚園」はドイツにも広がり、現在ドイツ全土で300以上になるそうだ。日本では2005年から毎年「森のようちえん全国フォーラム」が開催され、「森のようちえん全国ネットワーク」が設立されている。
 ところで、日本の小中学校の教育の実態は常に気がかりな状態が続いている。「ゆとり教育」を廃止し、全国学力テストなどを実施しているが、ドイツでは自然体験をさらに重視しているようだ。連邦環境省は、自然でのハイキングを学校プログラムに取り入れるプロジェクトを新しく始めた。「学校ハイキング」と呼ばれるもので、生徒たちは一週間のうちの一日を野外で過ごす。このプロジェクトは2014年から、小学校3校において3年間の計画で実験的に行なわれている。生物多様性への関心を高めることが目的で、自然を子どもたちが五感を使って体感し、環境を守ることの大切さを学ぶ。環境教育の先進国ドイツならではの試みだ。

 ミュンヘン日本人国際学校の教諭を体験してきた栃木県の小学校教諭、橋本和美さんの小論文を読んだ。ドイツの環境教育についてこんなことが記されている。(概要)

「(1)環境に配慮した学校づくり
 校舎づくり
 ドイツでは自然を大切にした学校づくりが行われている。天然木を利用した校舎,森の中の学校など,自然と調和した学校が数多く見られる。
 校庭づくり
 ドイツにおける環境教育の概念はビオトープである。現地の小学校では、泥遊び場や生け垣を使った迷路、畑などを校庭に作っている。子どもたちは切り株に座り、土を掘り返し、落ち葉に寝転がる。大木が生い茂り、鳥のさえずりが絶えない空間がある。自然を肌で学び感じる。
 屋上緑化
 建物の屋根部分に植物を植えている。緑化された屋根は,雨水を保持し、周辺の気候を改善し、小動物の大切な庭や休息の場となっている。また、断熱性を補ったり、屋根の気密性を守ったり、利点も多い。ミュンヘン日本人国際学校体育館の屋根部分にも土が盛ってあり、草が植えてある。春になれば花が咲き、ちょうや小鳥たちがたくさんやってくる。

 (2)自然体験
 ドイツの森林にはさまざまな形の自然体験道がある。ドイツでは一年を通して散歩やハイキングを楽しむ人たちを見かけるが、「森の音に耳を澄ます」「植物に触れて匂いを確かめる」「自然の中にある物を使って音楽を楽しむ」「木登りをする」など、思い思いに自然に触れ、楽しんでいる。
 (3)環境教育の実践
 学校入学前の実践
 ドイツ各地には「森の学校」と呼ばれる地域の自然保護や環境教育を行うエコセンターがある。そこでは自然観察の魅力的なイベントが随時開かれ、五感を使った自然体感を行い、豊かな感性を育てている。博物館や動物園などでも環境学習プログラムを随時行っている。子ども自身が体験を通じ、考えながら環境を守ることの大切さを学ぶ。小学校に入ると、環境教育プロジェクトに参加し、五感から得た知識をさらに深め、一人一人が環境大使となって、環境保全活動に携わるようになる。
 学校内での実践
 ミュンヘンギムナジウム学校(小学校終了後に進学する、大学進学を目的とした学校)では、自然界のプロセスや生態系における相互依存についての学習が、「教科の枠を越えた授業」の時間に設定して数ヶ月単位で行なわれている。複数の教科の共通テーマとして環境を扱い、様々な視点から知識を深める。例えば「エネルギー」をテーマに、化学と政治の授業を組合せて実施。化学の授業では,様々なエネルギー源について自然科学を元に調べ、政治の授業では脱原発とエネルギー転換についてディスカッションを行う。
 一方,短期間で学年・学校を挙げて一つのテーマに取り組む「プロジェクト」もあり、実践的な環境学習プロジェクトを実施するため、自然学校(機関)や環境学習センターに講師を依頼し、アドバイスをしてもらっている。」

 最後に、橋本和美さんはこんなふうにまとめている。
 「ドイツ人の環境意識は大変高い。ドイツの人々は健康で人間らしく生きるために環境を守り,動植物の世界を乱獲から守り、破壊や損失を除去するために行動している。ミュンヘン市内の公園などでは子どもたちが里親になった樹木や小川なども見られる。木には小鳥の巣箱がかけられ、近くにはえさ台が置かれている。自分たちの手で自然を大切に育てることで、自然と環境に対する責任感を身につけている。」

 ドイツの小学校教育は地域を重視する伝統があるという。1919年から「郷土科」という教科が設定されている。こんな調査がある。
 「1998年に連邦自然保護庁が作成したドイツ国内の生物に関するレッド・リストによれば、調査した16,000の動物種のうち3%が絶滅し、36%が絶滅危惧種であった。また、ドイツ在来のシダ・種子植物3,000種のうち1.6%が絶滅し、26.8%が絶滅危惧種であった 。」

 「ビオトープ」はドイツで生まれた概念で、生物の生息環境を意味する生物学の用語だ。「ビオ」は「バイオ」のことであり、ドイツ連邦自然保護局では「ビオトープ」を、「有機的に結びついた生物群の生息空間」と位置づけている。日本でもこの概念が導入され、学校や地域で、生命が生まれ循環する環境づくりが目指された。しかし日本の現実は、教科書オンリーの、教師が教え生徒が受け身の授業がほとんどだ。社会や自然、生活体験から学び発見し、創造する実践とは遠く隔たってしまっている。子どもたちが野外に出て自然を観察し、自然と対話するような授業や「ビオトープ」をつくって活用する教育実践はほとんど空洞化している。
 最も重要な『生命を知り、生命から学び、感じ、考える教育』に手が回らず、子どもたちと野山・森に入ってたっぷりと遊び、自然を体験する実践が少なくなっている日本で、どんな人間が育つか。
未来はどうなる。