ストリートミュージシャン

 何人かの辻音楽師に出会った。
 今の呼び名はストリートミュージシャン
 街かどに立って曲を演奏する。
 フランクフルトの街で、
 老いたバイオリン弾きに出会った。
 四角い小さなスピーカーを路上に置いて、
 スピーカーから流れるオーケストラの音色に合わせ、
 彼はバイオリンを弾いていた。
 朝は街中にいたが、午後は川の橋のたもとにいた。
 彼の前を人は静かに通り過ぎていき、
 前に置かれた箱には、何枚かのコインが入っていた。
 街の広場に行くと、
 男がホルンを吹き、
 女がアコーデオンを弾いていた。
 ひげ面の男は無口だが、女は陽気だった。
 演奏しながら踊りを踊った。
 東欧かどこかの国の、十人ほどの旅の人たちが、二人の前に立って、ニコニコ演奏を聞いた。
 ご婦人の一人が出てきて、曲に合わせて踊りを始めた。
 アコーディオン弾きの女は、もっと陽気に踊りながら演奏した。
 十人ほどの旅の人たちは愉快そうに笑った。
 一人二人と出ていって、帽子にコインを投げ入れた。


 ローテンブルグの公園はマロニエの花が咲いていた。
 箱にCDのケースが数枚あり、「ドイツ民謡」と書かれ、
 民族衣装の男は木の前に立ってギターを弾いていた。
 「菩提樹の曲、あるよ。ローレライ、あるよ。」
 なつかしい歌があった。
 なんとも素朴な演奏だった。
 おじさんの演奏を録音したCDは一枚12ユーロ、旅の記念に一枚買った。
 おじさんの演奏が聴こえる範囲に座って、木立の緑と景色を眺めていると、
 おじさんは、途中でコーヒーを飲みに行った。
 楽器も道具もそこにそのまま置いて。


 ミュンヘンの広場と通りがにぎやかな歩行者天国になっていて、
 どこからかチロル民謡が聞こえてきた。
 歩道に木の箱を台に置き、チロルの民族衣装を着けた男がアコーデオンを弾きながら歌っていた。
 なつかしいチロルの歌だった。
 人びとは聞くともなく、男の横を通りすぎた。
 一人のご婦人がつつっと近づくと、男に向かい合った。
 ご婦人もチロルの歌を歌いだした。
 二人はそこでしばらく二人だけの演奏会をした。
 婦人もチロルの人だったのか。
 彼のためにいくらかのお金が入ったのかどうか分からない。


 歩道の端に座って、リコーダーを吹いている男がいた。
 その向こうにも、リコーダーを吹く男がいた。
 日本の小学生も吹く簡素なリコーダー。
 いかにも困窮者の風の男たちは、うつむき加減に細々と笛を吹く。
 道行く人はだれも男に関心を示す様子がなく、
 前に置かれた小さな紙の器に、いくらもお金が入っていなかった。


 白鳥城に向かう森の道に、小さな手回しオルガンを弾く人がいた。
 珍しい楽器に興味を抱いて話しかける人が何人もいた。
 ぼくも腰をおろして聴きたかったが、そのままそこを通り過ぎた。



 昔、オスロの通りで出会ったギター弾きは、ビートルズの「イマジン」を熱唱していた。
 「想像してごらん、国なんかないんだと。
 難しいことではないでしょう?
 殺す理由も死ぬ理由も無く、宗教も無い。
 想像してごらん。みんなが平和に生きていると。」
 「想像してごらん、天国なんかないんだと。
 簡単なことでしょう?
 この地下に地獄なんて無く、
 僕たちの上には ただ空があるだけ。
 想像してごらん みんながただ今を生きているって。」 
 そこはメイン通りだったが、人通りが少なかった。
 誰もその前で聴く人はいなかった。
 そのときも、ぼくは彼の前に立ち止まって彼の演奏を聴くことをしなかった。


  ドイツリード、シューベルトの歌曲集「冬の旅」の最後は、「辻音楽師 Der Leiermann」。  
 村はずれで一人の年老いた辻音楽師と出会う。
 虚ろな眼で、凍える指で、手回しオルガン、ライアーを弾いている。
 聴く人もなく、銭を入れる人もなし。
 若者は自分と同じ孤独な辻音楽師にたずねる。
 「老人よ、お前についていこうか。僕の歌に合わせてライアーを回してくれないか?」