子どもの休暇、大人の休暇

 夏休み、冬休みは、子どもにとってもっとも楽しいときだ。ぼくの子ども時代は野性的文化時代と言えるような日々で、家の手伝いもあるが、何より近所の仲間とあるいはクラスの友と思う存分遊ぶ、遊びを創造する、冒険、探検の日々だった。自由を謳歌し、自分たちの発想にしたがって、世界を遊泳した。
 夏休みは降りそそぐセミの声とともにやってくる。7月20日、一学期終了、わくわく胸躍らせて家に帰る。明日から8月31日まで夏休みだ。まるまる42日間、6週間の休み。
 家の前の大池にはヒシが繁茂していた。ぼくは小学3年生、水泳がまだできないのに、バケツを水に浮かせ、それを両手で持って浮きにし、バタ足で池の真ん中に浮かぶヒシの実を採った。ツチガエルをつかまえてきて釣り針にひっかけ、ボウボウと鳴く食用ガエルと呼ばれていた大きなウシガエルを釣る。それを売ってお金を得るためだ。ウサギ、アヒル、鶏も飼った。
 草野球の道具は全部手作りした。古布と綿でグローブとミット、棒杭でバットを作った。木も草も、ムギワラも、瓦のかけらや小石も、五寸釘も、遊び道具になった。ツバキの実は笛になり、スギの実は杉玉鉄砲に、竹は弓矢になった。土の中に巣を作る地グモをつかまえて、闘牛ならぬ闘グモの対決をした。めくるめく陶酔の日々、干天の猛暑も遊びの楽しさを妨げることはできなかった。
 しかし今の時代、事情は大きく変わった。まるまる自由な休みというのは激減した。長野県では地域によって違いもあるが、夏休みは8月の3週間余りで、その休み中も部活や塾、習い事が入り、実質自由な日は少ない。
 ところでドイツの学校の長期休暇はどうなっているだろう。州によって異なり、また年によって期間は異なるが、全州共通して日本よりも期間ははるかに長い。そして宿題はまったくなし。
 年間の休暇は、夏休み、冬休み、クリスマス休暇、復活祭・春休み、昇天祭・聖霊降臨祭、秋休みなどがある。たとえばベルリンの学校の2013〜2014年の場合、
夏休みは、7月9日〜8月22日の45日間、
冬休みは、2月3日〜2月8日の6日間、
クリスマス休暇は、12月23日〜1月3日の12日間、
復活祭・春休みは、4月14日〜4月26日の13日間、
昇天祭・聖霊降臨祭は、5月2日〜5月30日の29日間、
秋休みは10月20日〜11月1日の12日間。
合計117日という長さだ。
 子どもたちの夏休みは学業のプレッシャーから解放される貴重な時間でもある。親もバカンスをとって、長期の家族旅行に出かける。1週間から2週間、保養地へ出かけてそこで滞在し、自然のなかで過ごす。南ドイツの山岳地帯はヨーロッパアルプスの一部だ。峠を越えていけば、オーストリアからイタリアまで行ける。

 一日、白鳥城へ行ってきた。アルプスには雪の峰が残っていた。日本の北アルプスの白馬岳あたりの風景に近く感じた。岸壁を背後に、山の上に建てられたこの城の美しさから、日本でも世界でも人気がある。観光客の多さから人数を区切って入城させるので、あらかじめ知らされている時刻まで待っているとき、二人の日本人と話をした。二人は同じ会社の同僚で、一人は以前にもドイツに来たことがあり、今回いまだ海外を知らない若い同僚が行きたいと言うから一緒に来たとのことだった。
「二日の休暇をとってきたんですよ。二日しか会社が認めなかったんです」
「えっ、たったの二日でどうやって?」
 要するに、木曜日、金曜日と二日休暇を取り、土日は休みだから、合わせて4日の休み、それを使って飛行機の中で寝てこの国に来た。
「どうして休暇を認めないんですかねえ。私の息子もそうですねえ。毎日帰宅するのが午前様ですよ」
「私たちも同じですよ」
「日本の企業は、まったくひどいものですねえ」
「日本はだめですよ」
 年長の彼は慨嘆する。

 経済協力開発機構OECD)の統計では、日本では1人当たりの1年間の平均労働時間が1745時間(2012年当時)。ドイツは1393時間と約20%も短く、日本人より年間で352時間も短い。OECDによると、ドイツの1時間当たりの労働生産性は日本よりも高い。その理由の1つに労働時間が日本よりも短いことが挙げられる。ドイツでは、政府が法律によって労働時間を厳しく規制し、違反がないかどうか監視しているという。企業で働く社員の労働時間は、労働時間法によって規制されている。法律によると、平日1日当たりの労働時間は8時間を超えてはならない。1日当たりの労働時間は、最長10時間まで延長することができるが、その場合にも6カ月間の1日当たりの平均労働時間は8時間を超えてはならない。日本でも労働基準法によって、1週間の労働時間の上限は40時間、1日8時間と決まっている。けれどもそれはほとんどザルになっている。ドイツでは、企業が組織的に毎日10時間以上の労働を社員に強いていたり、週末に働かせていたりすると、経営者は最高1万5000ユーロ(210万円)の罰金を科されるのだという。悪質なケースでは、経営者が最高1年間の禁固刑を科される。
 ぼくらが、二人と話していると、もう一人の日本人旅行者が加わった。彼は会社を定年退職した後、自由な一人旅をしている。
「いやあ、家内は孫のお世話ですよ。そのほうがいいというわけでね。私はもう4週間旅しています。1月ごろから、ネットでホテルや列車パス、航空機など調べて、いちばん安い方法で旅しているんですよ。食事も朝自分で作って昼に食べて」
 彼の行動は実に身軽で神出鬼没。どこかへ出かけて情報を仕入れてくると、ひょこっと目の前に現れる。会社務めから解放されて、彼は青年のように自由を謳歌していた。

 ところで、日曜日にスーパーへ行ったら店が閉まっていた。話に聞いてはいたものの、詳しい訳を知らず、レストランも閉まっていたから、日本では稼ぎ時なのにどうして?と思った。ぼくは「閉店法」という法律のことを知らなかったのだ。
 「閉店法」は1900年にドイツ帝国で施行された。小売店の営業は平日の5時から21時までとする。戦後は1957年に、旧西ドイツで「閉店法」が施行された。原則として、平日は7時から18時30分まで、土曜日は7時から14時までの営業を認める。日曜は例外を除き営業が許可されない。1989年法改定、木曜日の営業が20時30分まで可能となり、1996年には営業時間が平日は20時まで、土曜は16時までとなった。2003年の改正では、土曜日も20時まで営業が可能となった。
 なぜ「閉店法」が生まれたのか。一つは、日曜日はキリスト教安息日であり、その慣習を保護するためである。二つ目は労働者に長時間労働を強いる可能性があるからである。2003年に改正された「閉店法」の条文にも、「労働者の特別な保護」という章を設けられ、労働者の長時間労働を防ぐ条項を設定している。三つ目は、小規模小売店を保護するためである。営業時間が法定されていないと、資本力のある大規模小売店が営業時間を延長することで、小規模小売店の客を奪い、小規模小売店が生き残れなくなる可能性がある。
 かくしてドイツではこの法律が生きてきた。だが、実際には、「閉店法」は数々の例外規定を設けている。薬局、ガソリンスタンド、空港や駅、観光地の店舗などに特例を認めている。
 白鳥城を見てきてミュンヘンに戻ったぼくらは、駅に入っている店で食事をした。おじさんが、デーンとビールのジョッキを運んできてくれた。