アップルワインの酒場


 日曜日の住宅街は、ことのほか静かだ。マイカーは歩道にくっつくように一列に整然と駐車している。そのなかにおいしい田舎料理が食べられる店があるらしい。リンゴワインにソーセージがおいしい店は、どこかいな。店の看板というものはなく、小さな標識があって、ここが店だと、家内が先に入っていった。庭を突っ切ってドアを開けてみると、どひゃあ、百人ほどの客がテーブルを囲んでいる。日中から、アップルワインやビールを飲んで、ワイワイガヤガヤにぎやかだ。家族みんなで囲むテーブル、友人たちで談論するテーブル。見渡しても空席はない。部屋を通り抜け裏庭に出ると、簡易の屋根をふいたところがあり、そこにも十数のテーブルがある。座れるテーブルが一つあった。手作りのような素朴な板の長テーブルだ。一抱えもあるようなプラタナスが、どかんと二つのテーブルの間に生えていて、屋根を突き抜けて空に枝を広げている。枝から噴き出た新芽、幹の途中からも芽が出ている。何十年かここに生えて幹を太らせてきたから、幹がテーブルの板に食い込んでいる。それでもテーブルを動かさず、木を切らなかった。店の歴史がここにも潜んでいる。
 ぼくら夫婦の前の席に、ひげづらの老人が一人座った。ぼくらはリンゴワインにソーセージとジャガイモの料理を頼んだ。注文を取りに来た店のおじさんは、大忙しだ。それでもニコニコ顔で威勢がいい。老人も何かを注文した。彼は白いあごひげに、眼鏡をかけ、どーんと太っている。待つことしばし、老人のところへ先に料理が運ばれてきた。
「ウォー、ビッグ」
 思わずぼくは叫んだ。皿に大きな肉の塊だ。そしてジョッキに入ったアップルワイン。ぼくの声に彼はこちらを見て、
「ビーッグ」
 両手を広げて、わたしの体はビッグだと言ってニコッと笑った。
「ワハハハ」
 家内と二人大笑いすると、彼はドッジボールよりも大きな肉塊にフォークを入れて、
「ビッグボーン」
と言った。またもや
「ワッハッハ」
 彼は肉の中の骨が大きいのだと言う。なるほど骨らしいものが見える。彼は肉を食べ、酢漬け野菜を食べ、アップルワインをぐいっとやる。そこへわれわれの注文したのがやってきた。ジョッキに入ったアップルワイン、ほんのり甘く軽くておいしい。ソーセージの国のソーセージもうまい。彼は肉を一人でもくもく食べている。一人暮らしなのか、家族はいないのか。この国にも日本のような高齢化社会が進んでいるのか。疑問が湧く。

 彼の背後に大きな壁画がある。牧場の柵にもたれて、読書をしている太った老人、伸ばした足の爪先に小鳥が止まっている。老人は眼鏡をかけ、白いあごひげをはやしている。この絵、じいちゃんそっくりだよ。ぼくは彼にそう言おうと、「ダス イスト ジイ」と、口にしかけて、言い淀み、口をつぐんだ。
 ぼくらもアップルワインをクイクイ飲んで、ソーセージを食べる。
「ワインおいしい。ソーセージ、おいしい」
 彼に言うと、うなずいた。
「あんたも相当いい年だな、わしより年いってるな」
 彼はそう思っているかも、そんな気がした。彼はこの店に来るのは日曜日の楽しみなのかもしれない。
 ぼくらはほろ酔い加減でいい気分になった。両手にぼくはノルディックストックをついて、電車に乗らず、新緑の風に吹かれ川を渡って、一時間ぐらいかけてホテルまで歩いて帰った。クロウタドリが、川沿いに作られた豊かな緑地帯の木のてっぺんで鳴いている。

 2016年のこの国の人口は8,270 万で、2011年より漸次増えている。高齢化率は2014年で21.25%、日本は25.78%。平均寿命は男性78.7 歳、女性83.4 歳(2015)。2030年にはこの国の高齢化率は29%に達すると見込まれている。その年、日本の高齢化率の推計値は31.8%。
 少子高齢化に対する危機感はこの国の社会全体の問題意識として国民の間で広く共有されているという。シリア難民を百万人近く受け入れたこの国。この国に定住する移民が、これから果たす役割が重要になってくるだろう。今の移民受け入れ方針を変えなければ、2060年には移民の占める割合は人口の9%となるという。