小さなケーキと一杯のコーヒー

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 もう何年前になるか。スペインのバルセロナへ旅した。目的は、サグラダ・ファミリア教会だった。

 天 を突き刺す教会はまだ建設中で、少し下り坂になっている道路の向こうにその塔が見えていた。道の中央に並木が緑の葉を茂らせている。ベンチが置いてある。

 小さなカフェがあった。パン工房もやっており、陳列しているパンがおいしそうだったから店に入った。四人掛けのテーブルが四つあり、いちばん奥に座った。

 運ばれてきた飲みものとパンを食べていると、小柄なおばあさんが一人、おぼつかない足どりで店に入ってきて、隣のテーブルの席に座った。90歳ぐらいに見えた。

 おばあさんはなにか小さな声で言った。少しして、店の女の子が、おばあさんのところへお皿を運んできた。お皿にのっていたのは、一本のバナナを四分の一に切ったぐらいの、黒っぽい小さな小さなケーキだった。一口で食べてしまえるほどの小さなケーキ。おばあさんはそれをフォークでさらに小さく切って食べ始めた。店の奥にパン工房があり、パンを焼いている。扉が開いて、一人の職人が出てきた。彼は小さなコーヒーカップを持っていて、おばあさんのケーキの前にそっと置き、両手でおばあさんの手をしっかり握りしめ、また工房に戻っていった。

 おばあさんは食べ終わると、静かに立ち上がり、店を出て行った。ただそれだけのことだった。

 が、何かが僕の心に届いた。店の人たちの、いたわり、祈りのようなもの。

 日常的に行われている、孤独な老人への、無償の贈り物なんだろう。

 小さなケーキと一杯のコーヒー。

 

 そういう心の息づいている社会。

 戦争を引き起こす支配者は、そのすべてを破壊する。