パンツァントゥンが手伝ってくれた


 イワオさんが冬に持ってきてくれた柿の枝を40センチの長さに切っていたら、電話が入った。パンツァントゥンが、今から行くと言って、電動自転車でやってきた。今日は早く仕事が終わった。じゃあ、工房で日本語の勉強をするかい。「イワンのばか」を持って来たか。トルストイの「イワンのばか」の児童書をテキストに少しずつ読んできて、ここ10日ほど、彼は来なかった。そのつづきを読んでいくかい。
「いえ、これします」
 彼は、畑の畝立てを手伝うつもりで来たが、ぼくが木を切っていたから、それをすると言って、ぼくに代わってのこぎりを持ち、木を切りだした。
「これ、なんというか知っている? のこぎりと言うんだよ」
「はい、のこぎり」
「のこぎりを引く、のこぎりで切る」
「引く、切る」
「そう、押して切るのこぎりと、引いて切るのこぎりと、国によってちがうよ」
ベトナムは引く」
「そうですか。ベトナムは引く」
「ここが日本とちがう」
 彼は柄の部分を指した。作業もまた日本語の勉強だ。
「日本ののこぎりは、この刃を見てごらん。刃が手前の方に向いているだろう。だから引くと切れるんだよ。この部分が刃というんだ」
 長い枝は2メートルぐらいある。それを輪切りにした太い切り株の上に横において、一端を足で押え、のこぎりを引く。彼は置き方を枝の形を見て工夫する。
「わたし、力ついたよ」
 半袖シャツの彼は、両腕を上げて直角に曲げ、腕や胸の筋肉の盛り上がりを自慢そうに示した。
「おお、すごい、すごい」
「このまえ、公園でサッカーをしました」
 仕事が早く終わった日、実習生でサッカーをした。
 のこぎりは、先日自分でヤスリを使って目立てをしておいたから少しは切れ味が良い。彼は軽そうに切っていった。やっぱり若い力だ。十数本あった枝は、すべて切り終わった。彼は、会社の前に生えていた桜の木のことを残念そう言った。大木2本を、社長は機械ののこごりで伐った。チェーンソーで伐った木を、ぼくにあげてもいいかと社長に頼んだらOKだと言っていた。けれど、近所の人たちが薪ストーブ用にもらいにきて、たちまちなくなったという。
 工房の横に薪置き場がある。そこに積んである薪を見たパンツァントゥンは、これでどれだけ火を焚けるのかと思ったようで、うまく説明できない。それらしい意味を理解したからぼくは応えた。
「一冬で、ここからこれぐらいかなあ」
と、薪の量を位置で示した。
 夕暮れが迫っていたけれど、残り時間で「イワンのばか」を読むことにした。工房に入って電灯をつけ、つづきをまず彼が音読する。読めない言葉を教え、分からない言葉を説明する。彼の持っているアイフォンにベトナム語の辞書が入っているからそれを引かせる。2ページ読んで、そこまでのストーリーをつかんだ。悪魔が出てきて、小悪魔に指示をする。イワンのきょうだいを仲たがいさせ、けんかをさせるように仕組むところだ。
 最後に、彼に今日のところを朗読させる。そして、仕上げにぼくが朗読して、耳でしっかり聞いて言葉を彼につかませる。
 6時、勉強は終わり。今晩、ぼくは公民館でコーラスの会だ。
「あした、畑に肥料いれるのを、手伝います」
「ありがとう。野菜ある? あの菜花持って帰る?」
 庭に少し残っている菜花を指差した。
「菜花、おいしいよ」
「きのう、小さなキャベツ、スーパーで買ってきたよ」
 そうか、実習生は毎日自炊している。彼はこれから帰って夕食作りだ。
 彼は帰っていった。あした、向こうの畑の菜花をあげよう。