「チェルノブイリの祈り 未来の物語」<5>

 関西電力の高浜原発4号機が再稼働する。九州の川内原発、高浜三号につづく四つの原発の稼働だ。福島原発事故後、すべての原発がストップしていたこの国だったが、またもや事故以前の国と同じになりつつある。
 ベルギーの原発のことがニュースに出ていた。トラブルによる停止が相次ぎ、周辺国のドイツやオランダ、ルクセンブルクが懸念を強めている。ベルギーでは原発が7基稼働しており、チェルノブイリ事故後、2025年までに原発を全廃すると決定していたが、40年の使用期限を迎えた一部の運転を10年延長すると決め、そのうえにトラブルがつづき、危険極まりないと周辺国が反発している。ドール原発はオランダとの国境からわずか数キロ。ティアンジュ原発はドイツ、ルクセンブルクとの国境から60〜70キロの距離にある。ドイツの環境相は、「国境近くの住民はベルギーの原発の安全性に確信をもてない。ベルギー当局は深刻に受け止めるべきだ」と厳しく指摘。ルクセンブルグ国会は原発閉鎖を求める動議を採択した。
 ヨーロッパ大陸には、国境を接してたくさんの国々が存在する。チェルノブイリ原子力発電所の爆発によって漏れた放射能は10日間で北半球全体に到達し、ヨーロッパへの影響は大きかった。高濃度の放射性物質は、ポーランドからスカンジナビア半島へ、スロバキアチェコオーストリアからドイツへ到達、さらにルーマニアブルガリアギリシャ、トルコに達した。
 オーストリアはこの事故後、原発廃炉にし、原発でつくられた電力を買わない政策を徹底した。ドイツでは、フクシマの事故後、2022年までにドイツ国内のすべての原発を止める政策を決定した。当時ドイツには17基の原子炉があったが、メルケル政権は、全ての原子炉の安全点検を命じ、州政府は、連邦政府の意を受けて、1980年以前に運転を開始した7基の原子炉を即時停止させ、これらの原子炉と、2007年以来火災のため止まっていた1基の原子炉を廃炉処分にした。
 最近中国の原発についても深刻な不安が伝えられている。中国では原発15基が稼働している。これから41基の原発が新設され、中国は原発大国になる。もし中国の原発が事故を起こしたらどうなるか。中国から日本列島に向けて常時、偏西風が吹いている。酸性雨、黄砂はそれに乗って中国から日本に運ばれてくるが、それと同様に、日本列島には放射性物質が大量に流れてきて大きな被害を受ける危険性がある。


 2月20日朝日新聞のオピニオン面に、福島県須賀川で農業を続ける樽川和也さんの語りが載っていた。樽川和也さんの田畑は福島事故後、放射能で汚染された。和也さんの父はその後、自死した。20日にその現実を描いたドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」が公開された。
 和也さんの東北弁の語りを読んでいると、ぼくは、「チェルノブイリの祈り 未来の物語」に出てくるベラルーシの農民の声を感じた。かの国もこの国も、政治権力者の政策によって、大地に生きるものがもっとも被害を受けている。
 方言の語りが、胸に迫る。

■樽川和也(福島県須賀川 農業)
 「放射能は、こっちの中通りにも降りました。田んぼも畑もビニールハウスも、みんなやられて、うぢらは職場を汚染されたんです。だけど、東電は資産への賠償をしたわけでもねえ、放射能を取り除いたわけでもねえ。ただ、5年の月日が流れただけ。たーだ被害かぶって苦しんで、うぢらはいったい、なあんなのって。精神的な慰謝料として事故の年に8万円、翌年に4万円はもらいましたよ。ただ、それだけ。12万円で、あとはもう黙ってろ、自然に放射能さがんの待ってろっつうことでしょう。とても、そんなんで済む損害じゃねえべ。
 (父は)環境のこと、よく考える人でした。寒キャベツをつくり始めたのも、冬なら1回も消毒やんねくたって虫がつかねえからです。雪の下で成長して、味もかなり甘くなる。地元の学校は全部うぢのキャベツを給食に使ってました。本当に安全でおいしいものを子どもらに食わせられるって喜んでた。学校に呼ばれて、食の教育でしゃべったこともあんだ。そういうのが誇りだったの。
 国から野菜の出荷停止の連絡が届いた翌朝、首をつりました。収穫前のキャベツ7500個がダメになった。畑も汚された。これから先、どうやって生きてくっぺ、と思い詰めたんでしょう。
 おやじの無念を晴らしてえ、無駄死にさせたくねえと思って訴えました。ようやく和解して、賠償も出た。やっと東電も線香上げに来てくれる、謝罪してくれると思ってたんだ。だけど違った。届いたのはファクスでした。
 (除染は)田んぼは、やりました。大型のトラクターで40センチぐらい耕し、ゼオライトをまいて、また耕す。その粒に土の放射能が吸着する、それが除染だ、つうから。だけど、おがしいっしょ。稲は放射能、吸わねくなるかもしんねえよ。でも土にある絶対量は変わってねえんだから。汚染された土の上で、俺たち毎日、朝から晩まで働いてんだよ。将来どうなんのかな、いつか影響出んじゃねえかなって不安だらけだもん。国との交渉のときも、ひな壇に座ってる農水省の人に向かって何度も言いました。あんたら除染の『除』って、どういう漢字書くか、わがってんのかって。たーだ混ぜただけで、なんで除染になんのって。したら、みんな下向いて書類見てるんだ。その通りだって、思ってんじゃねえの。
 (汚染された表土を)薄くはぎとれんなら、まだいがったの。だけど事故の翌月に、耕していいっていう県の指示があったんだから。俺も半信半疑だったんだけど、みんな耕したんだ。あそこで耕さねきゃよかったの。1年は作物つくんな、補償は出すって言えば、いがったんだ。おっきな分かれ道だったんだ。機械で、はぎとんのは簡単です。だけど40センチも土とっちゃったら、今度はろくな作物できねえから。ふかふかのいい土、1センチつくんのに何十年もかかんだよ。8代目の俺の代で、田んぼを荒らすわけにいがねから続けてんだ。やんねで、ぶん投げとけば、すぐに荒れ地になる。周りにも迷惑がかかる。それに、つくんねきゃあ賠償も出ねえし、収入もねえもん。生活できねえ。
 (農産物への賠償は)販売実績があって損害を証明できるものにだけ出ます。たとえば、事故前に2000円で売れたのが1500円にしかなんねえんだったら、その差額は東電が賠償する。だけど、天候不順で値が上がったキュウリはこの2年、賠償出てねえんです。事故前より高い値段で売れたんだから払いませんって。おがしいっしょ。もしも事故なかったら、もっと高く売れてたんだよ。他県より安いんだよ。もう、東電はカネ出したくねぐて、しょうがねえんだから。俺たちだって請求もできねえようなものも、いっぱいあんだ。もう戻ってこねえものが。うぢで毎年つくって食べてた椎茸も、山のふきのとう、たらの芽も、全部ダメになったけど一切出ねえ。
 うぢのコメも、11年のは放射能が最高値30ベクレルぐれえあったの。規制値が500ベクレル以下(1キロあたり。12年度以降は100ベクレル)だったから十分に大丈夫な数値なんだけど、やっぱ口に入れるもんでしょう。俺も本当は食いだくねかった。まあ、よそで買うわけにもいがねから食いましたけど。ただ、出荷すんのは、なんか悪いことしてる気がして。だから東京の人が、福島のは食いたくねえという気持ちは、よくわかる。こんなボロ原発あっとこの、わざわざ買って食いてえかえ。これは風評被害じゃねえよ。根も葉もないうわさが広まって売れねえのが風評被害だけど、じぇねえっしょ。根も葉もあんだから。現実に降ったんだよ、放射能が。
 コメは去年もおととしも、放射能は未検出だったの。やれることはやったから。放射能の吸収を抑える塩化カリウムも毎年まいてるし。全袋を検査して、もしも数値が出たら出荷できないんだもの、いま福島のコメは、他県よりずっと安全だと思ってる。実際、コメは売れてますよ。外食産業とか病院とか、福島県産とわがんねえところで。表には出ねえだけで、すごい量が動いてんの。うまいから、福島のコメは。粘りと甘みがあって。だから外食産業の人らは、いいみたいです。うまいコメを安く買えて。(野菜は)事故のとき、ハウスはビニールかぶってたから土が汚染されてねえっしょ。もうハウスで作るっぺって思って。露地はほとんどやめました。キャベツも。また数値でんの嫌だから。いまはブロッコリーですけど、安いすよ、買いたたかれて。福島県産だったら都会の人には関係ねえですもん。
 しばらく日本は原発ゼロだったけど、その間に夜真っ暗になったとこってあった? 電気、間に合ってたんじゃねえの。原油のコストはかかってたかもしんねえし、原発のほうが燃料代は安いかもしんねえ。でも事故が起きたら、これ片付けんのに、いぐらかかんのって。お荷物だよ、これ、ほんとに。もう一つどこかで原発壊れたら、どうなんの、この国。税金上げて済む話かえ。
 声上げねえで黙ってたら、楽かもしんねえ。だけど俺は、おやじのことでメディアにも目を向けられてる立場でしょう。ほかの農家のかたで、俺みたいに、おがしいって思ってる人は大勢いるんです。そういう思いを訴えねえでいることは、やっぱできねえんすよね。それは、ずるい。だから映画にも出たの。特に原発立地してるとこの農家の人に映画を見てほしい。事故が起きたら、どうなるか知ってほしい。人が作ったものはいつか必ず、ぼっ壊れんだ、自然の力にかなうわけねえんだって、おやじが言ってた通りになったんだから。して、5年もたって、まだ誰も責任とってねえんだから。」(聞き手・萩一晶)