モヤシ


畑から人声がする。
案山子(かかし)が三体、思い思いの服装をして立っている。
右手にジョウロを持った案山子もいる。
日傘が三本、案山子から離れて、
これまた思い思いの場所に立っている。
一枚の畑の一角に支柱が並び、トマトが十本ほど、
緑の色を濃くしている。
トマトのうねの外には、何か野菜が植えられ、
やっぱり、どこにも人影はない。


誰もいない畑の人声に耳を澄ます。
ラジオの朝のニュースらしい。
おじさんは、また何か仕組んだようだ。
去年の秋は、稔りの稲田からタカの鳴き声がした。
タカの姿はどこにもないが、
あぜを行くと、また田んぼのすみから、タカが鳴いた。
小さな録音機が、
一分おきぐらいに、タカの声を発していた。


おじさん、今度は何を仕組んだのだろう。
道を下っていくと、紅い服を着た奥さんが自転車でやってきた。
「畑から、声が聞こえますよ」
「ラジオですよ。ハトが豆を食べに来ますから]
畑の中にラジオを置いた。
芽が出たばかりの豆の芽をハトがついばみにやってくる。
豆の新芽はおいしいんですよ。


ぼくも今年、畑に黒豆をまいた。
ハトが来るなんて、考えもしなかった。
四年前、はじめて黒豆をまいたとき、
豆をカラスにほじくられないように畑一面に糸をはった。
その後の年は、何もしなかった。
それでも豆は無事に芽を出し、育っていった。


芽をだしたときにハトが来る。
新芽がそんなにごちそうなのか。
そんなことは思いもしなかった。
そんなにおいしいものなのか。


そうだった。
オレたち、豆の芽を食べているじゃないか。
モヤシ、
萌とも書く。
モヤシは萌芽、命を萌やす、
命が萌える。
そのときを、ハトも待ち受ける。


やさしい、おじさん。
やさしい、おばさん。
鳥対策にかかしを立てた。
そんなものは、こわくない。
それじゃと、音の出るもの畑に置いた。
そのうち、鳥たち慣れてきて、
そんなものはこわくない。

やさしい、おじさん。
やさしい、おばさん。
次はどんな手を打つのかな。