黒豆の芽が出た



 真昼に種をまいていたとき、遠くの野小屋から「がんばってるね」と声を送ってきた畑の北隣に住むおじさんが、いつのまにやらのこのこ傍にやってきて、
「ネギの苗がたくさん余ってるだ。植えるかね」
と言ってくれたから、いただくことにした。しばらくしたら、かわっておばさんが一輪車にネギをどっさり乗せてやってきた。顔を見て驚いた。
「ああー、いやあ、おばさんがあ」
 早朝や夕方、散歩しているときよく出会いあいさつをかわす人で、「さっさかおばさん」とぼくは呼んでいる、足早にまっすぐわき目も振らず、雨の日も雪の日も決まった長コースを歩いている人だ。
「いやあ、おうちがここだったんですかあ。さっきのかたがご主人ですか?」
「はい、そうですよ。ネギもってきましたよ」
 松本一本ネギと下仁田ネギの二種類、植え方も教えてもらって、ありがたく、それを大豆をまいたところの南側に植えた。
 それでもまだ5うねは空いている。さてと考えて、そうだソウゾウ君に利用してもらおう。ソウゾウは今春熊本から移住してきた。今年赤ちゃんが生まれて、子どもは3人。幸い仕事も見つかって、生活がなんとかなりそうだ。話してみると乗り気で、今年小学校一年生になった息子と保育園に入ったユズを連れてクルミの木の畑にやってきた。息子のイッちゃんは、虫かごをもってきた。
 何を植えるかねえ、もう夏だからねえ、結局トウモロコシと人参の種をまくという。ぼくの庭の畑にミニトマトの苗が七本ほど出ていたのを移植することにして。畑の計画を決めてから、ソウゾウ君はイッちゃんと虫捕り行くと言うので、近くにあるクヌギの林へ案内した。
 クヌギの木の根方は、すでに虫捕りの訪問を受けて、土が少し掘られている。落葉の堆積のなかや、樹の幹をさがして、二人は、小型のクワガタムシを三匹見つけた。
 翌朝、まだ五時台に神社の前を通過して散歩していると、後ろから来た車が、徐行したかと思うと声が飛んできた。見ると、ソウゾウ君とイッちゃんだ。また、虫捕りだという。父親は息子以上に虫捕りに熱中しているようだ。
「烏川渓谷へ行けばどうかなあ」
 二人は、車で山のほうへ向かっていった。

 Sさんから電話があった。
「梅、取りにこないかい」
 急いでもらいにいった。Sさんの裏庭に行くと、梅はすでに樹から採り終わっていた。
「久しぶりだねえ。この春、入院もしていてね。ほれ、今これ注射しているだ」
 Sさんは糖尿の治療中だった。毎日インスリンを自分でお腹に注射している。
「全く痛くないねえ」
 今は血糖値も下がって、普通に生活している。血糖値が異常に上って検査を受け、糖尿の診断を受けたときは、牛肉を2キロ数日食べたらしい。
「もう大丈夫だよ。梅、青いのと黄色く色づいたのと分類して、青いのはカリカリ漬け、色づいたのはポタポタ漬けにしたらいいよ」
 分類し終わったところへもうひとりSさんの友だちが来た。ポタポタ漬けはその人のおすすめで、とびきりおいしい茶うけになると絶賛する。詳しい漬け方を聞いて、二種類の梅をたくさんもらって帰った。


 昨日、畑を見に行った。17筋にまいた大豆がそろって芽を出していた。カラスやハトについばまれないように、糸をはっておいたのが功を奏したようだ。