アオバトの声

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 最初に播いた黒豆が芽を出した。今日も涼しいうちに新たな一畝に豆を播く。去年の秋に収穫した黒豆を種にして、今年の秋にたくさん収穫できますように、二粒か三粒ずつ、三十センチおきに播く。

 黒豆は毎朝食べている。煎り豆にしてビンに入れ、黒酢をひたひたにして、柔らかくなったのを野菜サラダの上に大スプーンに一杯ほどバラバラとのせ食べている。ほんに重宝する黒豆。

 先日、遠くの方で、笛を吹くような、人が歌うような音が聞こえた。聞き覚えのある音色、あれはアオバトではないか。

 アー オー アー オ-

ドの音とソの音、ドー ソーと聞こえる。

この安曇野でこの声を聴くとは。はるか昔に聞いた声。

青年のころ、奈良の下市から大峰山の麓の洞川(どろがわ)へ、長い長い道を歩いた。初夏の太陽が大地にふりそそぎ、蒸せるような大気の香りが満ちていた。村をいくつも通り、峠を越え、森を抜け、そのとき、

  アー オー アー オ- アオー

人間の声か、山の精か、不思議な声が遠くの森から聞えてきた。どう考えても、これは鳥とは思えない。その方を眺めても姿は見えず、その声だけが静寂のなかに響いていた。

 謎の声がアオバトの声だったと分かったのは、山から帰ってきてからだった。野鳥の本を調べたら、全身緑色の広葉樹林に住むハトだという。

 

 それから長い年月が流れた。アオバトの声は聴くことはなかった。そして安曇野の初夏、黒豆を播いているとき、ささやかなコナラの林の方から、アオバトの声が聞こえたのだった。

 だがその時一回きりだった。その後、もうどこからもアオバトの声は聞こえてこない。