琴欧州の引退

 大相撲の琴欧州関を讃える投書がVoice(声)欄に載っていた(朝日)。見出しが「琴欧州 張り手避けた真の力士」。
 何?何? どういうこと?
 思わず目を通した。気持ちのいい贈る言葉だった。こういう温かい言葉は、当事者でなくても、読んでうれしい。この文章を贈った人は、いい人だなあと思う。69歳の西山雄二郎さんという男性だった。その全文をここに紹介しよう。

 「琴欧州さん、場所中の引退は、さぞや寂しく、悲しいことだったでしょう。しかし、2002年の初土俵以来、あなたは十分立派に相撲をとってこられました。欧州出身力士として初めて賜杯を抱き、大関まで上られ、その地位を47場所も守られたことは、賞賛すべきものです。
 遠いブルガリアから、言葉も食事も慣習も異なる国に来て、相撲界という伝統を重んじる場でどれだけ忍耐と努力を重ねたことか。引退会見でのあなたの涙に、これまでのご苦労が重なりました。
 琴欧州さん、あなたの相撲でもっとも印象に残っているのは、ほとんど『張り手』を使わなかったことです。あの長い腕と大きな手で張り手をどんどん使えば、ほとんどの力士は吹っ飛ぶか、脳震盪で倒れたことでしょう。
 しかし、相撲は単なる格闘技ではないのです。あなたこそ、相撲のありようを理解した、心の優しい真の『お相撲さん』でした。
本当にありがとうございました。ブルガリアのご両親も、あなたのことを誇りに思っていることでしょう。」

 この3月の春場所琴欧州は連日敗北を重ね、中途で休場、そして引退会見となった。それが涙の引退表明だった。大関から落ち、勝てず、大関に復帰できず、不甲斐ない男だ、精神力が弱い、努力が足りないなどと批判された。挫折で終わらざるをえなかった琴欧州のつらさ、苦しさは話題にもされなかった。勝負の世界は結果がものを言う。結果を出せないものは去り行くもの、非情の世界だ。しかし、投書の主、西山さんは、人間・琴欧州を見ていた。琴欧州の人間らしさ、強さと弱さ、感情の繊細さ、心優しさを見ていた。勝ち負けの世界だけれど、勝ち負け以上の価値のあるものを見ようとする西山さんの人となり、生き方のさわやかさを感じた。この「声」を琴欧州は胸を熱くして読んだことだろう。
 最近、サッカーJリーグで、サポーターが「Japanese only」と書いた横断幕を掲げた。「日本人以外はお断り」という意味だ。人種差別、民族差別を公然と主張したのだ。これが問題になって、制裁処置が行なわれ、観客ゼロの試合となった。
 公然とヘイトスピーチを繰り広げてきた団体やそれを容認してきた日本社会だ。「Japanese only」によって、差別行為を問題に感じない鈍感精神が暴露された。チームは自ら制裁を受け入れて無観客試合を行ない、差別を撲滅するという宣言を浦和の主将が発表した。寂しさを超えて、さわやかなものを感じた。
 勝ち負け以上に価値のあるものがある。