かまくら

  車のわだちのところだけ雪が融け、アスファルトが露出している。両側の雪は凍って、足で踏めばバリバリ音がする。穂高地区に入ると路面はきれいに除雪され乾いていた
 小学生の甲高い声が聞こえた。この「甲(かん)」の意味は、「音楽で、高い音、多く1オクターブ高いことをいう」、と広辞苑にある。高い子どもの声は遠くまで聞こえる。人類が誕生してから、その声の高さゆえに子どもの声は家族や村の人たちによく聞こえた。だから大人たち、親たちはさまざまな危険から子どもを守ろうとした。子どもを守ることは人類生存の要だ。
 香山さんの床屋まで来ると、4人の男の子が歓声を上げている。見ると、床屋の横の畑との間に雪でかまくらをつくっている。ほとんど完成していた。
 「よっ、きみらがつくったの?」
 男の子は4年生ぐらいだ。
 「うん」
 「よくつくったねえ。中に入れる?」
 「うん、入れるよ」
 入り口から一人が、小さな鍬のようなのを持ち、頭を低くして、もぐりこんでいった。つづいてもう一人入っていった。中は二人でいっぱいの感じ、体を横にして雪をかき、中を広げている。
 「どうだい、中はあったかいかい」
 「うん、あたたかいよ」
 「そうだろね。かまくらのなかは零下にならないからね。今のこの気温は零下だがね」
 「今零下? そんなに寒い? ぼくあったかいよ」
 「そりゃ、体動かしているからだよ」
 「ふーん」
 「中でローソクをたいたら、もっと温かくなるよ。温かくて明るいよ」
 「ふーん」
 「写真、とってもいいかい」
 「いいよ」
 ぼくはポケットのなかから小型のカメラを取り出した。零下だったらまたシャッターが下りないかもしれないなあと思いながらカメラを構えて、一人の子どもがかまくらの上に雪を乗っけているところを撮ろうとスイッチを押すと、カメラのレンズ部分が前に伸びてすぐに引っ込んでしまう。何度やってもジーッと音がして前にレンズが伸びると引っ込む。
 「やっぱりダメだあ。気温が低いから、電池が作用しないのかなあ」
 「ふーん。おじさんも中に入らない?」
 「おじさん? ふーん、おじさんねえ」
 「おじいさん」と言わなかったのはなぜだ? 気を利かせたのかな。
 「いやあ、おじさんが入ったら出られなくなるよ」
 夕方5時が近かった。かまくらの中の子は、雪を削っている。
「あしたは学校だね」
「うん、学校」
「あした、まだかまくらあるね?」
「あるよ」
「じゃあ、あした写真とってもいい?」
「うん、いいよ」
 この子らは、以前クルミ畑の横の小山で、せりふを作ってちゃんばらごっこをしていた子らだ。あの時も、久しぶりに昔の子どもを見た思いがしたが、今日また、この子らは、ほんとうに子どもらしい子どもだと思った。
 子どもたちと別れて家に帰る途中、香山さんの奥さんにあった。夕方のウォーキング中だ。
 「お孫さんが、かまくらつくっていましたね」
 「はーい、孫と孫の友だちでつくったようですよ」
 「そうですねえ、いいですねえ。道路、滑りますから気をつけてくださいよ」
 「はーい、ありがとうございます」
 今日夕方、かまくらの写真を撮ってきた。子どもらはまだ学校から帰ってきていないようだった。