歌会始の歌

            <写真 昨年夏の常念岳頂上で>










 朝刊に目を通していて、ひょいと目に入った。
 歌会始の歌が掲載されている。新年の皇居で開かれる「歌会始の儀」の記事だった。
 今年の題は「静」。

   慰霊碑の先に広がる水俣の海青くして静かなりけり

 昨年10月に水俣病慰霊の碑にお参りした天皇の歌である。国と企業チッソによって、おびただしい人の命と健康が奪われた。工場から海に垂れ流された有機水銀が魚の体内に蓄積し、その魚を食べた人たちが水俣病になった。原因を隠蔽し続けた国と企業によって被害は拡大した。「水俣の海青くして静かなりけり」、天皇の想いが感じられる。慰霊に込められている想いがある。

   悲しみも包みこむごと釜石の海は静かに水たたへたり

 これは雅子皇太子妃の歌。東日本大震災の釜石を訪れて目にした釜石の海は、静かに水をたたえていた。悲しみは心に、海に、静かに包み込まれているけれど、消えてなくなるものではない。ともに悲しむその人がいて魂も鎮まっていく。

   朝霧のながるるかなた静かなる邦あるらしも行きて住むべく

 選者の岡井隆さんの歌。カール・ブッセの詩「山のあなた」を連想する。「山のあなたの空遠く/「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。(上田敏訳)」。朝霧の流れるあのむこうに、静かな邦があるらしい、そこへ行って住もうと思う。常に常に人はあこがれ思いつづける。あこがれる「静かな邦」、静かだからこそあこがれる。

    ひとり住む母の暮らしの静かなり父のセーター今日も着てをり

 入選歌の一つ。作者は60歳、群馬県の山口啓子さん。一人暮らしのお母さんは、80歳を超えておられるだろう。亡くなったお父さんのセーターを着て、この冬を静かに過ごしているお母さん。老夫婦のどちらかが逝ってしまった後に残された者は、亡くなった大切な人の残した衣類をどうするだろう。夫のセーターはサイズが大きい。だから、妻はそれを着ることができる。夫のセーターを着た山口さんのお母さんは、夫と一緒に生きている。


 題は「静」。ぼくも早速作ってみた。

    青春の槍と穂高のそびえをりわれ息切れて常念に立つ
    男二人コーヒー淹れをり常念の頂に香ぞ流れ来る

 昨年8月、息子と登った常念岳。西を見れば、穂高連峰から槍ヶ岳まで一望だ。青春のあこがれの山々。昔の体力は今はなく、青息吐息だった。山頂で二人の若者がバーナーで湯を沸かしドリップのコーヒーを淹れていた。