電子レンジが故障した


 便利の裏には不便がくっついている。
 昨年末に電子レンジが故障した。「あたため」が効かなくなり、時間をかけても温まらない。「オートメニュー」にしてみたら作動したから正月はそれを使った。けれど、それも効かなくなった。冷えたおかず、冷えた御飯を温めるのに便利だった電子レンジが使えなくなると、とたんに不便だと思う。とりあえず冷え飯は鍋で「蒸す」、汁物に入れておじやにする。昔は電子レンジなしで当たり前にやっていたのだから、なんとでもなるものだ。だが、便利になれた人間は、すぐに不便だなという思いにとりつかれる。
 この電子レンジはサンヨー製で、3年ほど前に近くの電気店で買った。故障するには早すぎる。電気店にすぐ連絡を取ればよかったのだが、その店が閉店してしまった。競争の激しい電気店、たぶん赤字だったのだろう。完全な店じまいをしてしまった。どうしたものか、レンジの説明書に記載されているメーカーに連絡したら、修理するには出張費と修理費とをいただくことになるが、2万円ぐらいかかるという。へえっ、そんなにかかるのか、それなら、新品が買えるじゃないか。サービスセンターは近くにないのか訊くと、松本にあると言う。そこへ持ち込めば出張費は要らない。持ち込んだ物は埼玉の修理工場に送る。そこで故障の原因を調べて修理の見積もりを出す。もしその費用が高額だから、修理をキャンセルするというなら、診断料だけいただく、額は1050円。そういう話だった。
 教えてもらったサービスセンターに電話した。出てきた女性が、「パナソニックのサービスセンターです」と言う。はてえ、そうかあ、サンヨーはパナソニックに吸収されて無くなってたのだなあ。メーカーにも変遷があった。
 とりあえずレンジを調べてもらうことにした。店の位置を聞くと、女性は道順を説明してくれる。それがさっぱり分からない。「まっすぐ行ったら、コンビニがあるからそこを曲がって」式の、自分が車に乗って見ている目線での説明のし方で、聞いている方は、頭に全く地図が描けない。鳥瞰図的説明が全くないからその位置へのルートもイメージできない。。しかたがないから地図を見ながら、
 「近くに西友がありますか」
 「はい、あります」
 「その近くにセブンイレブンがありますね」
 「それはつぶれて、今はクリーニング店です」
 こんな調子で目印になるものを地図で押さえながら、ルートを探る。さんざん質問して、フニャフニャ説明からなんとか位置をつかめた。
 そして物を車に積んで出発。松本市内を抜けて国道を走り、この辺りだろうと思われるところを左折して行くと予測通り川にぶつかった。が、あるはずの橋がない。橋は新しく付け替える工事中になっている。それならそうと言ってくれなきゃ。迂回して、住宅街の細い道をあてもなく上流の方向に走り、適当なところで川の堤防上へ出てみようと、堤防に向かった。堤防にせり上がる短い坂は、ギアをセカンドにして上る。急坂だから堤防上が見えない。左右の視界もきかない。前輪が堤防道にかかり、ふかして上りきろうと思う。が、堤防上の道が狭そうだ。そこで、いったん停止した。その瞬間だった。右から猛スピードの車が突進してきた。全然見えなかった。あわや数センチのところを車は通過して走り去っていった。愕然とした。冷や汗が出た。胸の鼓動が音立てた。ブレーキを踏むのが1秒遅れていたらその車はぼくの車の右側から激突、車も体も押しつぶし、堤防から下へ転げ落ちて行き、ぼくはあの世へ行っていた。九死に一生を得るとはこのことだ。奇跡的に助かった。
 堤防上の道をはるか北にある橋まで走った。市内なのに、ひとつの橋から隣の橋までが遠く離れている。下流の橋を対岸に渡る。川の周辺は住宅が密集していた。増える車と住宅、インフラが追いついていない。
便利に便利になっていく高度文明の、その逆に不便に危険になっていくものがある。
 サービスセンターは見つかり、レンジを預けて修理の見積もりを依頼した。見積もりが出るまで一週間から10日、かかるということだ。