朝の登校

 朝6時はまだ薄暗い。ランを連れてウォーキングパトロールに出た。ランは外出が大好きで、家を出る前はそわそわ浮き浮き尻尾がぐるぐる回転する。今日のランはちょっと朝寝坊した。いつもは6時過ぎにぼくを起こしに来るのだが、今朝はぼくの方が6時前に起きたから、ランは自分で丸めた毛布のなかにまだまん丸になっていた。ランのつくる毛布の巣は最高のリラックスの場で、ぬくぬく気持ちがよい。
 家を出る。今日は穏やかに晴れて、常念の雪嶺がくっきり西空に浮かぶ。東の山の端が赤くなっている。日の出までまだまだ時間がある。10分ほど歩いたら、ランのおつとめ、お尻を下げてうんこらしょ。ランがウンチを催すときは、ランの歩き方ですぐ分かる。
 畑の畦に小柿(こがき)の黒っぽい実が鈴なりになっている。今では人間は誰も食べず、鳥たちの冬の食料だ。一粒つまんで口に入れると柔らかい熟柿の味が口内に広がる。二粒つまんで、ランにやる。ランは熟柿も好物だ。この一本の柿の木の小柿を全部集めてジャムにするとおいしいジャムができるだろうなと、いつも思いながら実行していない。
 上の地区に着いた。まだ子どもたちの姿が見えない。近くに引っ越してくることになっているK君の家の方に行ってみた。K君の家まで来る。この前まで空き家だった家に、車が二台止まっていた。あれえ、もう引越ししてきているじゃないか。家の中に電灯の明かりが見えた。朝餉だな。K君は出勤の準備、子どもは登校の準備、朝の家はせわしない。呼び鈴を押して声をかけようかと思ったが、やめた。
 道を戻って、子どもたちのグループが出てくるところへ行った。かずとさんの家の前で子どもたちを待つ。かずとさんの家は、安曇野の伝統的船形屋根で、美しい大きな家だ。かずとさんの家でも窓から電灯の明かりが見えた。こちらも朝餉の準備だろう。
 ぼくの腕には緑色の「ウォーキングパトロール」の腕章、ランとぼくは立って子どもたちを待つ。
 その時、目の前に車が止まった。運転席の窓が開いた。
 「よう、Kくーん」
 「おととい引越ししてきましたよ」
 先の日曜日に引越しをしてきたのか。今度のK君の家は二重ガラスの窓で、広くて温かい。奥さんは洗濯が家の中でできる。本格的な冬が来る前に、寒かった前の家から、今度の家に引越しを急いだ。子どもは当分前の学校に通う。友だちと充分別れを惜しんで、学期か学年が終われば転校する予定だ。K君はにこやかにそう言うと、出勤の途についた。
 K君が行ったあとに、子どもたちがそれぞれの家からランドセルを背にして出てきた。一年生の女の子が3人いる。ランはこの子らと親しくなった。子どもたちも、ランちゃん、ランちゃんと声をかけて、頭をなでる。リーダーは6年生のなっちゃん。このグループは女の子ばかりの6人。男の子がいない。
 「学校までどれくらい時間がかかるの?」
と一年生に聞いてみた。
 「一時間だよ」
と子どもたち。
 「そんなにかかるの? へえー」
 おしゃべりしながら、のんびり歩いて、一時間にもなるんだな。上級生はさっさと先を行き、一年生との間がみるみる開いていった。
 上の地区の子らと別れるとき、ランは、一声「ワン」と吠えた。バイバイの挨拶だ。
 下の地区に移動したら、男の子軍団が桜並木のある新堀に沿って草の道を走っている。いつもの道ではない、新たな道を開拓したようだ。ここでは上級生が先頭を走り、下の学年の子らが追いかけている。一人遅れて来た子が、いつもの道を走った。工場の向こうで追いつくつもりだな。