自然に還る

 加島祥造さんは、60代で社会から逃れ、家族を捨て、ひとり信州伊那谷で暮らしている。その90歳の日々を見つめるドキュメンタリー録画を見た。英米文学の翻訳や、老子の思想を詩に表わしてきた祥造さんは、10年ほど前、ドイツ人の女性Amuと出会う。彼女は夫を亡くし独り身だった。Amuさんに祥造さんは刺激され元気をもらい、10年ぐらい親交を持った。だが、その人は、加島さん88歳の時亡くなる。祥造さんは深い喪失感におちこみ、共に歩いた森の道へも行くことができなかった。
 そこへ姜尚中がやってくる。姜は4年前に息子をなくしていた。今年勤めていた東京大学を辞めて聖学院大学に移籍している。二人は語り合った。
 亡くなったAmuさんは、祥造さんが沈んだ不活発な生活をしていることを欲していないのではないか、そう思えるようになって祥造さんは、再び元気を取り戻す。祥造さんは姜尚中さんにこう言った。
「死んだ人は必ず生きている人を励ますのですね」
 姜尚中さんもそのことに同感するのだった。
 祥造さんは、Amuさんの遺骨を庭の木の根方に撒いていた。
 自然な心のままの、散骨だなと思う。

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 「葬送の自由と自然葬」(山折哲雄・安田睦彦 凱風社)のなかに、いくつか手記が掲載されている。

 元東京都福祉相談員の女性が、こんな文章を書いておられた。

 相談活動のなかで、ひとりの老婦人が女性にこんなことを言った。
「私は身寄りのない一人ぼっちの老人です。もうすぐ米寿だし、いつ死んでも思い残すことはないんです。でも、墓を買うお金もないので、極楽往生して浄土に行けないんじゃないかと心配です」
それを聞いて、女性は自分の家族について書く。
 <私の母は骨壷に納まって、白い祭壇の上に載っていた。49日たち、父の遺骨の納まっている墓に、母の遺骨を納めるべく、30年以上開けたことのなかった墓の内部を初めて見て一驚した。暗く冷たくかび臭い内部には水が溜まり、そこはまったく地獄を連想させた。どうしてこんなぞっとするような場所に愛する肉親の骨を捨てなければならないのか。私はいつの日か、父母の骨を自然に還したいと切に願っている。>

 夫の遺灰を四国の山に散骨した主婦の文章があった。
 <川の上流の見晴らしのよいところに、夫は眠ることができ、どんなに満足していることでしょう。
 「あなた、すばらしい所の土に眠ることができてよかったですね。ゆっくりお休みになってくださいね」
と語りかけながら、イイギリの根元に遺灰を撒き散らしました。ウグイスの声の中、そばの池にはメダカが泳いでいて、本当にすばらしいところでした。記念樹としてドウダンツツジを植えさせていただきました。夫の骨は分骨して、ガンジス川で撒いてもらいました。
 闘病生活に苦しみながら一生を終えた人びとが、最後に見出した一筋の灯火とも言える「暖かい土に眠りたい」という切なる望みを、しきたりとか世間の見栄で妨げたりせず、温かい気持ちで、安らかに眠らせてあげたいと願います。>

 自然葬をすすめる会の帆船シナーラに乗って、父の骨を地球にお返ししたという元JAL機長は、次のようにつづる。
 <父の骨を粉にして地球にお返しする。生命として生まれ、生長し子孫を作り、そして消えていく。不思議な感覚の静けさのなかで、骨をゴリゴリと砕いていくのです。妻が私の着なくなったワイシャツの背中の部分で、白い二重の袋を作ってくれました。親父の骨は思っていたよりもはるかに小さくなって、ちんまりとその袋に納まってしまい、寂しい感じがしました。
 相模湾は、父が若いころよく泳いだ海であり、父の自然葬を行なうには最適でした。簡単な儀式があり、遺灰を海に撒き始めてもひじょうに淡々としていました。遺灰と一緒に持ってきた花びらを流しました。父の遺灰はゆっくり沈んでいきました。砂粒のような父の遺灰は本当に小さなものに感じました。これでやっと父を地球にお返しできたというのが実感でした。すがすがしい、さっぱりしたお別れの儀式でした。>

 「葬送の自由をすすめる会」がこんな事例を紹介している。
 ○棺おけづくりから、葬式、火葬場への遺体運びまですべて手づくり葬送した主婦。
 ○生きている間に葬式をした老夫婦。
 ○クラスメイト、旧友の合唱で、山の自然葬をした人。
 ○つれあいの遺灰を、思い出の海、山に還した女優の沢村貞子
 ○ビートルズの曲を友人のギターで聴きながら山に眠った料理店のママ。
 ○愛犬、愛猫の遺灰と一緒に自然葬された方。
 ○自宅の庭に隣人たちの祝福で自然葬を行なったカトリック信者。
 ○「春が来て花が咲いたら、おばあちゃんが咲いたと思って」と桜の木の下に遺灰を撒いてもらった女性。
 ○別荘の庭の一角に沙羅双樹を植え、遺灰を撒いた会社重役。
 ○フランスのセーヌ川に散骨した人。
 ○遺灰を自然に還した例。
 タゴールガンジー、ネール、周恩来劉少奇、�殀小平、アインシュタインエンゲルスケインズ、マリアカラス、ジャンギャバンライシャワー‥‥