「トラブゾンの猫 小田実との最後の旅」
「トラブゾンの猫 小田実との最後の旅」(玄順恵)というエッセイを読んだ。温かくさわやかな感銘深い文章だった。
トラブゾンというのはトルコの黒海に面した街である。ギリシアからトルコへの最後の旅を小田は妻と共にした。その旅のなかで出会った猫たちは、猫好きの小田の足元に寄って来た。
猫たちと小田は対話をする。
このエッセイの中に古代ギリシアの民主主義について、また小田実の行動を伴う思想と人生が語られていく。
玄順恵は文章中、小田を夫とは書かず、「作家」と書いている。小田は妻を、妻と言わず「人生の同行者」と呼んでいた。
この旅は小田の病を押しての旅だった。旅の途中、小田の食は進まなかった。病が進行していた。そして旅から帰って「トラブゾンの猫」という寓話小説を書き始めるが三か月後に小田に死が訪れ、小説は未刊に終わった。
小田は病の床で、「サントリーニに散骨してほしい」と遺言した。小田の死後、十年の歳月がたって、人生の同行者はサントリーニに娘夫婦を連れて行き、散骨を行う。
ギリシアのサントリーニ島はいったいどこにあるのか。エーゲ海の中にその島はある。ぼくは地図で探した。島はクレタ海にあった。
小田が文学を志したのは古代ギリシア文学に出会ったからだった。クレタ島に近いサントリーニ島は、エーゲ海文明の中心地だった。
小田は、その島についてこう言っていた。
「ここには戦士や武器の類の遺物がいっさい出てこない。きっと王様がいない文明だったのだろう。」
自由と個人の責任とのバランスを愛した小田はこの島の文化が気に入ったらしい。小田没後10年、散骨は、朝日が昇っていく清々しいときに行われた。船は小さなクルーズ船で、風のない海をすべっていった。遺灰は、小田の娘が一袋、妻の順恵が一袋、海にまいた。そして花束を投げた。小田実はエーゲ海に抱かれ永遠の眠りについた。
散骨、ヨーロッパでは多く行われているようだ。日本でも増えつつある。ぼくの場合、樹木葬自然公園ができればそこに、できなければ散骨、では場所はどこ?
それを思うと、またまた夢想が広がっていく。