歩きましょう、会話しましょう

 お隣のミヨ子さんは、犬のマミの散歩に毎日出かけるようになって、元気になってきた。
 「マミのおかげだよ」
 マミを見る目がやさしい。
 「マミ、今何歳?」
 「14歳だよ」
 「へえー、長生きしてますねえ。人間なら80歳ぐらいだねえ」
 「そうよ、私と同じぐらいだね。私は85歳」
 マミは中型犬より少し小さい。犬種は分からないが柴犬の血が入っているかもしれない。
 「マミはもう引っぱらないよ。よく分かってるだよ。以前は引っぱられて転んだりしたけどね。私の足が弱っていることが分かっているから、私をリードしてくれるよ」
 ミヨ子さんが毎日マミと散歩するようになったのは、半年前ぐらいからだ。それまで近所のM子さんが3年間ほど、足の痛むミヨ子さんに代わって散歩に連れて行ってくれていた。そのM子さんも足が痛くなり、結局ミヨ子さんが自分で連れて行かねばならなくなって、痛むぼちぼち足で出かけて、それが健康回復につながっている。
 「ミヨ子さん、さっそうと歩いているねえ」
 「なに言ってるだ。よちよちだよ」
 「そんなことないよ。びっくりだよ。軽やかにすたすた歩いていますよ」
 「マミに付いて歩いているだよ」
 「歩けば歩くほど元気になるねえ」
 「今日は40分歩いたね。あの神社のところから、ずっと歩いてきただ」
 「ああ、若宮神社、お稲荷さん。40分とは、すごいすごい」
 「ほれ、万歩計もってるだ」
 ミヨ子さんはポケットから万歩計を取り出した。
 「一人でいると、誰とも話をしないから、マミと話をするだ。話をするのは頭にいいだね」
 「一人暮らしは会話の相手がいないからねえ。認知症にならないためには、歩くことと会話することがいちばんいいんですよ」
 「そうだね。テレビを見ながら、テレビに出ている人に話していたら、弟が、私の頭が変になったんじゃないかと言ってね。今月終わりに、姉が来るだよ。一緒に住むだよ」
 姉は、老人ホームに入っている。そこは温泉も付いていて施設が立派だ。けれど費用が大変高い。姉は誰とも話をしない。外へ出かけることもできない。
 「それでいっしょに住むだ。姉は耳遠いでね。私の言ったこと聞こえないのに、分かった振りするから、トンチンカンになるで。それでけんかになるだ」
 「姉妹だからね。けんかして、仲直りして、それが頭の刺激になっていいんですよ」
 「そうだね。姉妹だからね。すぐ仲直りするだ。孤独はつらいね。老人ホームに住んでいる人も孤独な人いるよ。姉が私の家にいっしょに住んだら、食事もつくるからね。姉はまめな人だから、庭の草もたんねんに抜いてくれるでね」
 ミヨ子さんには子どもがいない。旦那は10年ほど前に亡くなった。
 「夫がいたときは、よく旅行もしたがね。外国もいっぱい行ったよ。ハワイは2回、オーストラリアも、中国好きで何度も中国も行ったよ」
 ミヨ子さんは堰を切ったようにおしゃべりする。
 「せっせと歩いて、もっと元気になりましょ。ミヨ子さん、このごろ顔の色つやもよくなってきたよ。」
 「そんなことないよ。お化粧しているからだよ」
 「いやいや、顔のつやはお化粧と関係ない。顔のつや、顔の相が元気になってきているのが分かりますよ」
 「そうかい、そうかい、マミのおかげだね。マミがいなかったら生きていないね。ハハハハ」
 マミは会話をじっと聴いている。最近ミヨ子さん、耳にイヤリングつけていた。