モッコウバラと白バラをばっさり切った 

 モッコウバラと白の蔓バラが屋根の上まではいあがり、軒下のバラの茂みは鳥たちのねぐらにもなっている。
 蔓(つる)の勢いは盛んで、屋根瓦の上を這ってもっと上まで上ろうとする。
 花が咲けば、壁一面に咲き匂うモッコウバラの黄花と白バラは開花期が楽しみだが、放置すれば放置したで、はびこりすぎ、屋根を見ていてポッとぼくの頭に黄色信号がついた。屋根の瓦の間に蔓が入っている可能性があるという懸念だ。そうなると、瓦が持ち上がり屋根が傷んでしまう。
 そこで屋根にはい上がっている蔓を全部切り取ることにした。
 はしごを立てかけ、剪定バサミを持って、屋根に上がって蔓を切る。懸念したとおり何本かの蔓の先端が瓦のすき間に入り込んでいた。バラの落ち葉が雨どいに積もり、雨水が流れなくなっていた。落ち葉の堆積は瓦の上にもある。底がつるつるの古い運動靴を履いていたから、落ち葉の上を歩くと滑りそうで怖かった。
 ばっさばっさ切っていった。モッコウバラにトゲはないが、白バラにはトゲがある。だから手袋は革製のものにした。切っていると一本の長い蔓が跳ねて鼻に当たり、トゲが鼻の頭に突き刺さった。
 「いたたたー」、鼻先から血がちょろっと出た。
 トゲの形は、鳶口に似ている。鳶口は、消防士や人足が物を引っ掛けて引っぱったり壊したりする道具だ。鳥のトビのくちばしに似た鉄製の鉤(かぎ)が長い棒の先についている。その鉄の鉤は、くちばし型に手前のほうへ湾曲している。バラのトゲはその鳶口に似て、鉤の先が根元側へ曲がっている。
 なるほどそういうことなのか。発見だった。蔓が伸びていくとき、トゲの曲り方が伸びていく先端方向に曲がっていたら、障害物に合うと、引っかかって先に進めなくなるが、根元側に曲がっていると、抵抗が少なくなる。さらにトゲの鉤が枝や突起にひっかかり、蔓を固定する役割を果たすことができる。
 たくさんのトゲをつけて、白バラははいのぼり、モッコウバラは、勢いの強さで突き進んでいた。
 切り取った蔓は屋根の上に積んで、まとまると下ろした。こうして3時間ほど、手入れをして、すっきりしてきた。
 屋根から下ろした蔓の山を、一輪車にのせて庭の隅に運んでいると、穂高のほうから歩いてきたご婦人が、声をかけてこられた。ウォーキングをしておられる途中とお見受けした。
 「私の家にもモッコウバラがあるんですけど、それが隣の家との境界にあって、蔓が隣に越境しているんです。それで去年境界から出ている蔓を切ったんですけど、今度は花が咲かなくなってしまいまして。お宅は毎年よく咲いていますね。剪定のし方教えてください」
 「いやあ、私もよく知らないですよ。つるバラは横へ蔓を伸ばしていって、花芽のつく枝をそこに付くようにするといいますねえ。今回、このようにばっさり切ったから来年花がつくかどうか、分かりませんねえ」
 御婦人としばらくバラ談義。
 バラの隣家への越境を止めたり屋根を守ったりするために剪定するのと、花が元気に咲くように剪定をするのとでは大きな違いがある。その結果はたしかに不本意のことになるだろう。バラにとってはどうなのか、それが根本的に考えられていなければ、花は咲かない。
「でも、また咲き出しますよ、きっと」
 希望的観測をぼくは言った。御婦人はにっこり笑ってUターンし、穂高のほうへ帰っていかれた。さわやかな秋の日は、ウォーキングにもってこいだ。
来年春、どんな花が咲くだろう。