自転車のタイヤが破裂した

 自転車に乗っていると、ごとんごとんと小さな振動がある。車輪が一回転するたびに、ごとんとなる。道路は舗装してあり平坦だ。タイヤに何かがあるのだろうか。自転車を降りて、タイヤを見てみた。どこにも振動の原因となる突起物はない。おかしいな、と思いながらまた走り出す。やっぱりごとんごとんする。
 再び自転車から降りて、後輪を回しながらタイヤを調べてみた。ふだん自転車に乗るのはそんなに多くない。乗っても近場ばかり。それなのにタイヤの減り方が大きい。おかしいなと思いながらタイヤをゆっくり回転させた。すると、タイヤの一部に縦に割るように亀裂があるのを発見した。5センチ以上の裂け目だ。まだ中まで完全に裂け切っていないからチューブは隠れている。それでも、タイヤが裂けたために、その部分が広がり、広がった分、そこだけタイヤが太くなる。振動はその部分が出っ張ったためだった。
 この自転車は古いもので、車輪やハンドルにさびが出ている。奈良の御所にいたとき、教え子のひろみさんのお父さんが持ってきてくれたものだ。そのころぼくは、畑を耕し、自給自足のような生活をしていて、自転車を持っていなかった。ありがたいことだった。住んでいた金剛山麓には坂道が多く、自転車に乗ることは少なかったが、明日香に隣接して遺跡が豊かにあったから、葛城古道をサイクリングすることもあった。
 古自転車は、安曇野へ引越しするとき、男気の強い友人の竹中さんが、自分の林業用トラックに、ほかの家財道具と一緒に載せて運んでくれた。
 安曇野金剛山麓ほど急な坂道はない。それでも西山から東の犀川へとゆるい傾斜がある。
 4年前、タイヤは磨耗しチューブもパンクしていたから、安曇野のホームセンターで前輪後輪ともに全部新しく換えてもらった。料金は安かった。
 そのタイヤが、ぱっくり裂けているのだ。ゴムの質があまりにも粗悪だ。今になって「やっぱり」と思う。その時は、どこのメーカーなのか確認しなかった。メーカーも分からないようなものを購入していたのだ。安もの買いの銭失いだった。
 ぼくはここ数年、いくつかゴム製品の質の問題に出会った。
 ホームセンターで外国製ゴム長を買った。それを履いて畑に出た。ところが1年経たないうちにゴムが破れた。2足目、3足目、いずれもゴムがよく曲がる部分で破れた。雪かきにも使えるものもぱっくり破損。見かけ倒しの長靴だった。
 ところがもう1足ゴム長を持っており、それは奇跡のようなゴム長なのだ。12年以上も前に購入した日本の靴メーカーの長靴で、それは数年履いたがびくともしない。ただ少し足が窮屈だったから、もう少し大き目を買うことにしたのだが、それが惨憺たる結果となったわけだ。
 ホームセンターのゴム長の惨状を経験してから、ふたたび奇跡の長靴を取り出して履いている。その靴で鍬を持つ。未だにゴムはなんともない。底の減り具合もおそい。白い靴だったから汚れはひどいものだが、この堅牢さにはほれぼれする。奇跡の靴だ。
 ウォーキングシューズも、日本の靴メーカーのものは、底も甲部も堅牢である。毎朝、ウォーキングで履いてきた布製の運動靴は、ぴったり足になじみ、1年半毎日ぼくの歩行を支えてくれた。
 体に密着させて、毎日のように使う靴は、体の一部のようになってくる。それゆえに製品の質が、如実に分かる。歴然とする。
 このゴムの質の違い、あまりにも差が大きすぎる。粗悪ゴムは何かを混ぜているのか、原料のゴムが劣悪なのか。見た目にはゴム、しかし違う。
 今度買うときは、しっかりした靴店で、少々値段が高くても奇跡の靴を買う。
 自転車のタイヤ、ころあいを見て、自転車店へ行こう。チューブのパンクなら自分で修理するが、タイヤの破裂は手の施しようがない。