星めぐりの歌

                  穂高神社のお舟祭り


 朝ドラの「あまちゃん」、明日で終わる。実におもしろかった。宮藤官九郎脚本の展開と描写の妙、ストーリィ・脚色、俳優の演技も、魅力あふれていた。東北を舞台にして生きる人びとの群像に、いくつも障壁が立ち現れる。そして東日本大震災地に向かって歴史が進む。困難、葛藤を乗り越えていくユーモアあふれる人間模様は笑いと涙だった。家族や故郷、都会と地方、テーマは多彩多様であった。
 このドラマのバックグラウンドミュージックに、宮沢賢治の「星めぐりの歌」がときどき流れた。ある時のあるシーンに、制作者はこの歌を流したいと思った。人間の心と風土が交わり香るシーン、そこにこの歌が流れる。すると、賢治が顔を出す。今朝も、「星めぐりの歌」のメロディが静かにやってきた。心がしんみりとする。
 たくさんの星と星座がちりばめられた歌。
 毎朝の15分はたっぷり長く感じられた。

 学校で、自学自習しているアヤノさんに、用意してきた本を渡した。
 「これ、読んでみない?」
 本は「ニングル」、倉本 聰の小説。環境が破壊され森が滅びていく北海道を舞台にした、アイヌ伝説の小人の話。本棚から、生徒が興味を持って読むかもしれないと選んでもってきた。アヤノさんは、興味を示して受け取った。
 「読み始めると、引き込まれていくよ」
 本を読み始めた彼女に声をかけた。
 通信制の開校中、生徒はいつでも自由にやってきて、勉強する仕組みになっている。レポートが完了した生徒たち何人かに、読書を薦めようと、その子に合った本を紹介することを始めている。ある子は、将来カウンセラーになりたいと大学の福祉科に進学するから、人間の心理が描かれている小説かエッセイがないかなと思い、あの子は、物語を創作しているから、文章力をつける参考になる小説を薦めてみようとさがす。
 アヤノさんは、教室の南側にこちらを向いて座り、ぼくは、北側に少しはなれて座っている。ぼくはときどき、アヤノさんに眼を向ける。その本を、興味を持って読みつづけるか知らん。
 本を机に置いて、彼女は読んでいる。ページをくっている。少しずつ物語のなかに入り始めたようだ。
 20分ほどたった。うつむきかげんの顔が動かない。眠っているのかな、一瞬思ったが、そうではなかった。
 30分ほどたった。彼女は本を両手にもって読んでいる。熱中している証拠だ。顔の表情も集中している顔だ。読み終えたページがくられて、開いた本の右側の紙数が厚くなっていく。なかなかいいペースだ。
 1時間ほど経った。本の半分が読み終わり、ページをくるスピードも速くなった。右ページから左ページへ、顔の向きが移り、数分でページを繰る。
 途中で女性のイズミ先生がやってきて、アヤノさんと会話を始めた。読書中断。20分ほどの会話がすんで、読書再開。
 二時間ほどして、とうとう「ニングル」を読みきる。
 「読みました」
 「すごい、すごい、はやかったねえ。どうでしたか」
 「最後、かわいそうでした」
 感想は深く聞かない。読んでくれたことで満足した。
 「一冊本を読みました。きょうの収穫でしたねえ」
 彼女も満足そうにうなずいた。
 次はどんな本を準備しようかと考える。