ベトナム語と日本語と中国語

 午後7時からの日本語教室に、ここ2週間、ベトナムの青年たちの出席が少ない。残業が日曜日の夜にまでつづいているからだ。農業実習生なので作物の世話や出荷が忙しいらしい。一昨日来たのは、5人のうちのトー君とドアン君の2人だけ。この2人は仕事が終わってから急いで食事をかきこみ、やってきた。疲れているようで、トー君、あくびが時々出る。
 「食事をしてきましたか」
 「食べてきました、豚肉と野菜」
 「野菜は?」
 「キャベツ」
 彼らはときどき、食べないで来ることがある。食べる時間がないときだ。そういう日は夜9時に勉強が終わって、帰ってから料理をして食べる。
 疲れて、空腹でやってくる日も、それを彼らは顔に出さない。いつもの陽気な笑顔の青年たちだ。
 ベトナムでは、文字はローマ字を使う。新しい日本語や漢字が出てくると、彼らはそれをノートに記して、ローマ字を使ってベトナム語訳を付け加える。
 あるとき、教材に日本語の漢語が出てきた。その瞬間、ルアンが、
 「ベトナム語と同じ」
と言った。それがどんな語だったか、忘れてしまったが、ぼくはこの発見に驚いた。それから気をつけて、ベトナム語の辞書を調べると、いくつも出てくる。

   統治 ―― トン チー
   専門 ―― チュェン モン
   意見 ―― イー キェン

 ベトナムでは、今は漢字は使わない。けれども中国系の人たちが多く住んでいるし、中国人の店もある。漢字を街で目にすることは多い。生活言語としては学校では漢字は習わず、筆記はローマ字だから、日本に来た彼らは漢字を覚えるのに一生懸命だ。ベトナムを構成する民族の数を聞いたら、54民族とドアンが答えた。少数民族が大変多い。
 ベトナムと中国は隣接している。ベトナムの北部は、秦の時代から唐代までの間、中国の支配地域となった。当然ベトナムにも中国から漢字・漢語が入っている。日本に中国から入ってきた漢語の音読みとルーツは同じだ。日本とベトナムでは、長い歴史の中でそれぞれの中国の音読みの発音が変化してきたけれど、ルーツが同じだから、よく似ていて当たり前だ。
 もう少し例をあげてみよう。

   都市 ―― ドーティー
   宇宙 ―― ヴー チュー
   階段 ―― カウ ダン
   伝統 ―― チュイェン トン
   管理 ―― クワン リー
   議案 ―― ンギー アン
   記念 ―― キー ニェム
   古代 ―― コー ダイ
   希望 ―― キー ヴォン
   家庭 ―― ザー ディン
   道理 ―― ダォ リー
   安全 ―― アン トァン
   意志 ―― イー チー
   重要 ―― チョン イェウ
   金銭 ―― キム ティエン
   権力 ―― クエン ルク

 現代中国語では、「家庭」は「ジャーティン」、「道理」は「ダォリー」、「重要」は「チョンヤオ」、「意志」は「イースィー」、カタカナ表記では正しい発音にはならないけれど。
 そこで調べてみた。
 ベトナム漢字文化圏であった。中国の支配を受けていたため、ベトナムの古典や歴史記録は、漢文で書かれており、現代語も、辞書の単語の 70% 以上が漢字語であるという。日本では、ひらがな、カタカナが作られたが、ベトナムでも漢字を応用した独自の文字を作り、漢字と交ぜ書きをすることが行われた。しかし、1945年、ベトナム民主共和国の成立により、ベトナムの国字として漢字に代わり、フランスの植民地化以降普及したローマ字表記クオック・グーが正式に採択された。その結果、漢字は一般には使用されなくなった。公式な漢字の廃止は1954年。

 ベトナム語の辞書に次々に出てくる、日本語の漢語そのものと思える言葉には、そういう歴史があったのだった。