ルアン君、トマト苗を植えるかい?

 ベトナム人の農業実習生ルアン君は、ときどき電子メールを送ってくる。初めてEメールが来たのは2月だった。最初のメールは何も文章が書いてなかった。ルアンという名前が書いてあるだけだった。日本語教室に来ているルアンですか、と返事を送ってメールの送り主がルアン君であることが判り、それからやりとりすることになった。返事することを忘れたときがあった。すると次の日本語教室に来たルアンは開口一番、 「先生、返事しなかった」と言った。ぼくは大いに反省し、必ず返事をすると約束した。
 メールのやり取りは日本語の勉強にもなる。ぼくは必ず返事のなかに、ルアンのメール文の間違いを指摘し訂正文を書いておく。
 南シナ海での石油の掘削をめぐり、ベトナムと中国の艦船の衝突が起こった。
 「いまベトナムと中国が、たいへんなことになっています。ニュースを見ましたか」。
 メールで問うと、返事が来た。
 「そうですね。本当に大変にたって、戦争になるかもしれませんね。私は毎日、ニュースを見てるの、先生がどうですか、よく見てるの?」
 昨年秋に日本に来たベトナム青年たちだから、日本語の間違いは多い。
 返事に訂正を書く。
 「ルアン君の文を直(なお)します。
 『そうですね。本当に大変なことになって、戦争になるかもしれませんね。私は毎日、ニュースを見ています。先生はどうですか、よく見ていますか?』」
 このように訂正文を書いて、ぼくの思いを書いた。
 「戦争は絶対に避けなければなりません。戦争をすると、もっともっと大変なことになります。こういう衝突(しょうとつ)でいちばん困るのは、ナショナリズムで暴力に走ることです。知恵を出し合って、話し合いで解決しなければなりません。」
 ルアン君は分からない言葉を辞書で調べて読み解き、返事してくる。
 「先生、 そうですね。話し合いで解決しなければなりませんね。戦争に絶対避けなければなりません。みんなに困ることが多くて、とても大変ね。先生 今日、仕事は何時に終わりましたか? 今日、私が遅く終わりましたよ!!」
 ぼくの返事。
 「まずルアン君の文を正しい文に直(なお)します。
 『戦争は、絶対避けねばなりません。みんなが困ることが多く、とても大変です。』」
 続けて、ぼくの返事を書く。
 「私は老人ですから、夜は早く休みます。だいたい午後10時ごろに布団の中に入ります。朝は5時半から6時ごろに起きて、犬を連れて散歩に行きます。歩く時間は、約1時間です。犬の名前は、ランです。」
 ルアンの返事。
 「先生、そうですね。老人は早く寝たほがいいですよ。天気がだんだん暑くなりましたね。先生、孫さんが いますか?」
 ぼくの返事。
 「私には4人の孫がいますよ。かわいいですよ。季節がだんだん暑くなってきましたね。今日は30度近くになりそうです。真夏の8月は、とても暑いですよ。ベトナムと同じぐらい暑いですよ。ルアン君、トマトを植えてみますか。寮の周りに(敷地内に)トマトを植える空き地が少しあるなら、社長に聞いてみて、許可を得て、トマトを植えませんか。トマトの苗をあげますよ」。
 ルアンから返事。
 「先生のお孫さんは4人がいて、そのこと楽しみね。お孫さんが全部結婚したか?
 先生、苗がたくさんあって、家の周りに空き地があって、 植えてみたいので、今度、持ってくれますね。先に来たところは管理人にきいたので、今、植えてもいいですよ。大丈夫ですよ」。
 ぼくからメール。
 「ルアン君の文を直します。
 『先生のお孫さんは4人いて、楽しみですね。お孫さんはみんな結婚しましたか? 先生、苗がたくさんあるのなら、家の周りの空き地に植えてみたいです。今度、持ってきてくれますか。管理人に聞いてみたら、植えてもいいということです』
 次にルアンへ。
 「ではトマトの苗を持っていきます。まずトマトを植える畑のうねを作らねばなりません。管理人さんにうねの作り方を聞いて、まず畑のうねをつくりなさい。そうしたら、苗を持っていきます」。
 まずその場所を見に行こう。彼らは毎日残業だから、なかなか会えない。日曜日の日本語教室まで待つことにするか。