ハクビシンを食べる

 「ハクビシン‥‥」
 ドアン君が何か言いかけた。日本語教室の勉強が始まったときの第一声だ。
 ハクビシン
 「ハクビシンがどうしたの?」
 「食べた」
 「え? 食べた?」
 いったいどういうこと? ドアン君とトー君に訊いていくと、ハクビシンが車にひかれていた。それを料理して食べたと言うのだ。
 ハクビシンという名前は寮の管理人から教えられた、食べられる、ということも聞いたらしい。ハクビシンという動物をベトナム語では何と言うのか、辞書を引いてみたが出ていない。二人も電子辞書で調べたが載っていなかった。ドアン君が辞書を見せてくれたのに「鼻熊」というのが出ていた。
 「鼻のところが白かった?」
 「はい、白い」
 トー君が鼻のところを指で指した。
 「2キロあった」
 じゃ、子どもだな。
 「はい、子ども」
 それでどんな風にして食べたの?
 「湯をわかして」
 熱湯を沸かして、それにハクビシンを入れ、毛をむしりとり、頭、脚、内臓を分離し、次に肉と骨を仕分けした。その肉だけを食べた。
 鍋に油を敷き、肉に唐辛子、こしょう、塩、砂糖、料理に使う匂いのある草を入れて、いためた。
「草というのは、なんという名前?」
 それが辞書に出ていない。トー君は、草の絵を描いてくれたがそれではさっぱり分からない。ベトナムでは料理によく使うというから、シャンツァイ別名コリアンダーのことだろうか。
 「おいしかった?」
 「はい、おいしかった」
 「野生動物だからねえ、日本人は食べません」
 食べたのはベトナム青年4人。彼らも料理も食べるのも初めての体験だった。シカ肉は日本に来てから日本人からもらって食べた。
 「日本では、鹿が増えています。」
 そこで鹿の増えていること、その食害によって、山の木が被害を受け、里の農業でも被害が出ている話をした。
 「それで鹿の肉を日本人は食べているけれど、まだまだ食べる人が少ないです。猟師も少ないです」
猟師が銃で撃つ話をしたとき、聞いてみたら彼らは18歳のときに高校を卒業し、それから少しの準備期間があって、軍事教練が2年間あった。そのときに銃を撃つ訓練もしたという。二人は銃を撃つ動作をし、手榴弾を投げる動作をやってみせた。
 彼らの野性的なたくましさ、日本の青年には見られなくなりつつあるものだ。
さて、あした目が覚めたとき、元気かな。
 彼らはハクビシンを食べたものの、ちょっと心配なようでもある。今晩、大丈夫かなと、お腹をさすっている。