わんわんパトロール

 豊科駅近くの道路で、小学生の女の子がひき逃げされた。容疑者が逮捕されたが容疑を否認しているようだ。ニュースが流れたのは、先週土曜日。昨年も市内でひき逃げがあったし、一昨年も交通事故死があったように記憶する。
 小学生ひき逃げ事件の前日に、警察署の生活安全課を訪れ、「ウォーキングパトロール隊」に登録した。別名「わんわんパトロール」と呼ぶ。
 この企画は、防犯の一環を担い、市民が愛犬をつれてウォーキングをするというもの。毎日ウォーキングしている人たちに、防犯の役目を担ってほしいと警察は考え、ある意味、市民を利用するというアイデアだが、市民にしても、ただ歩くだけでなく、自覚をもって歩き、社会に役立つので、いいアイデアだ。安曇野に来て7年半、安曇野を歩いて、やはりわがもの顔の自動車社会を強く感じてきた。歩く人はきわめて少ない。
さてさて、これからウォーキングパトロールと公認されたことだから、歩いてみて思うこと感じることを警察にも行政にも発信していきたい。ウォーキングパトロール隊員がどんどん増えれば、社会も少しは変化するかもしれない。年に何度か研修会も開かれるということだから、市民の声をあげていくためのルートにもなる。
 生活安全課の女性係員は、腕章、首からぶらさげる証明札、「わんわんパトロール隊」と書かれた、犬のリードにかぶせる筒状のもの、この三点を用意してくれた。いずれも緑の蛍光色がよく目立ち、パトロールをアピールする。これらを装着して、犬をつれて歩く時間や歩く場所はそれぞれの人にまかされている。もし不審なこと、犯罪性のあることを目撃したら警察に通報する。怪我などの事故のために保険には加入してくれる。
 登録をすませると、ぼくは係の職員に思っていたことを話した。
 「警察署長さんに手紙を出そうと常々思っていたんです。ぼくは安曇野に来て、8年になります。毎日、雨の日も雪の日も、一日も欠かさず犬をつれて、1時間から1時間半、歩いています。朝はわたし、夕方は家内です。歩いていて感じるのは、車のマナーです。田んぼのなかの道を飛ばしてきて、まったく徐行しないで村の道に突入してくる。2車がすれすれに対向出来る狭い道でも、体の横をかすめるように走り去っていく車が多いです。通学児童のランドセルから50センチほどのところを、スピードもゆるめずに通過していく車がありました。ちょっとよろめいたらアウトですよ。いずれ事故が起こるのではないかと地区のPTAの会員の懇談会でも話したんです」
 歩道のない道、女性ドライバーもスピードをゆるめない。歩行者のほうがよけてくれると思っているのではないかと思う。雪道でも歩行者を追い抜いてスピードを落とさず走るふとどき者がいた。
そんなことを係りの職員に話したのだったが、その翌日引き逃げ事故が発生した。
 安曇野市内を貫通する大型農道は、最も交通量が多い。そこを歩いたり自転車で走ったりする人がいる。一部歩道が作られているが、歩道がないところが多く、大型車両が来ると、車と田んぼの間の路側帯は幅1メートルぐらいしかない。よくぞはねられないものだと思うほどだ。この安曇野市になってからの8年間で歩道の新たな建設は全くなかった。この道路はもともと広域農道としてつくられたものであるにしろ、商工業者、一般市民、観光客の使用がほとんどである。
 歩道、自転車道ということでは、他の一般道路すべてを見ても、新たにつくられたところはない。市民の命の安全対策が後回しになっている。

 登録して翌朝、朝のウォーキングパトロール隊出発、ランとともに。途中で、かかしのおっちゃんに出会った。リードの目印を見せて説明する。
 「いいことだね、いいことだね」
 おっちゃん、目を丸くして感心している。
 二日目、おみそちゃんのおばさんに出会う。「おみそ」というのは、おばさんの犬が味噌の色だからそう名づけたと、おみそが子犬のときに聞いた。おばさんのウォーキングは、ほとんどおみそと一緒に走っている。ぼくは、マラソンに出るといいですよ、と言ってある。このパトロ−ルのことを説明し、おばさんも登録するように勧める。おばさん、心が動いている感じ。
 四日目、子どもたち数人の登校していくところだ。子どもたちに説明すると、ひとりの子がランをなでて、
 「警察犬だ、警察犬だ」
と、みんな目が耀く。いやいや、警察犬じゃないよと言うが、彼らは警察犬に決めてしまった。
 六日目、中村さんにも勧めてみよう、と別件で家を訪問。
 「先日、ララはフィラリアで死んでしまったのよ」
と奥さん。ええっ? あんなに元気だったのに。
 「薬を飲ませていなかったのよ」
 この夏、急激に衰え、散歩の途中で激しく息切れがして座りこんでしまうようになった。そして数日前、心臓に寄生していたフィラリアという虫がララの命を奪ってしまった。
 ランはララが苦手だった。中村さんの家の横を通ったとき、テラスにいるララが攻撃的に吠えた。それ以来、ランはララを恐れるようになった。そのララがあっけなく逝ってしまった。

 そして七日目、松本で中学生がトラックに跳ねられ、頭蓋骨骨折という痛ましい事故の発生を知った。