この夏、庭で

 初めてヘビが庭にやってきた。工房の屋根の雨水をためる石造りの小さな池に、体長80センチほどのヘビがいて、ぼくが見ると急いで工房の床下に逃げていった。おう、蛇よ、どこから来た? よく来た、よく来た。
 逃げ足が速かったので、よく観察できなかったが、ヤマカガシのような赤い斑点がちらっと目に付いたような。周辺は田園地帯、ヘビの住むところは少ない。それでもここにやってきた。どこからどう移動してきたのか、めでたいことだ、自然が戻ってきたような気分だ。
 日本語教室で、ベトナムの青年たちに、
 「ヘビが庭に来ましたよ。よかったです。うれしかったです」
と言うと笑い出した。トーさんとルアンさんが、自分の右腕を立て、手首を直角に曲げると、
 「ヘビ」
と言う。
 「ベトナム、どんなヘビがいますか」
 「ベトナムのヘビ、頭大きい」
 そう言って曲げている手首の辺りを左手で膨らんだように動かした。
 「ははん、コブラだな」
 辞書でコブラを引いてもらうと、うなずいた。
 「それは毒があります。毒、どく、かまれると死にます」
 ぼくはそう言って、死んだまねをする。そして「毒」という語を教える。
 我が家の庭にヘビが出た。草が生え、自然が戻ればヘビの食べ物も増える。食べ物があればヘビも住む。餌になるアマガエルは多い。モグラやネズミもとってくれるといいが。

 この夏、もう一つ、カタツムリが姿を見せた。木の幹を這っている。まだ数が少ないが、カタツムリもこれからぼくらと同居する。「でんでんむし」はなつかしい。
 カマキリ、これは異常、一匹トマトの木で見かけただけ、他に見ない。アシナガバチも激減した。夏の初めには巣作りもしていたが、その後空き巣が多い。
 まだ、ここにトカゲがいない。
 一度、ヒグラシが迷い込み、二日間夕方に鳴いていたが、それきり聞こえず。

 中旬ごろ、農薬散布用の無線操作無人ヘリコプターが周辺の田んぼに農薬を散布していた。今朝ヒデさんに会ったので聞くと、稲の先端を食うカメムシが発生していたからで、心配するような農薬被害はないと言う。ヒデさんは、自分が子どものころ有人ヘリコプターがマツクイムシ退治の農薬を撒いていた話をした。それを撒くといろんな虫がぽとぽと木から落ちてきた。ヒデさんはその下を歩いて学校に行った。
 「しかし今は農薬の量も少なく、すぐ発散するので危険は少ないですよ」

 日が暮れてから、コオロギの声が聞こえる。まだまだ数が少ない。秋の虫の声は毎年寂しい。せめて我が家の庭で、秋の歌をさかんに歌い交わしてほしい。各種コオロギ、マツムシ、スズムシ、クツワムシ、ウマオイ、カンタン、カネタタキ、キリギリス、‥‥秋の虫の声を聞かなくなって久しい。

 ニラの花、満開。
 小花が高さをそろえて、清楚に、密生して咲いている、
 高砂ユリ、開花。
 みんな同じ方向を向いて、トランペットを吹いている。
 ムクゲ、白花の木、紫花の木、ピンク花の木。

 稲が黄金に色づいてきた。