朝露をあつめてくれる草


 自宅で書道教室を開いているおじさんの畑に、七夕飾りがまだ立っている。竹の枝にたくさんの短冊(たんざく)がぶらさがっており、それらに筆で文字が書かれている。
 「この地方の七夕(たなばた)は旧の七夕ですか」
 「そう、私の教室では旧でやっていますよ」
 七夕の短冊に書かれた墨の文字は、生徒たちのいろいろな願いだ。おじさんがこんなことを言った。
 「短冊には、サトイモの露ですった墨で書きます」
 夏から秋の収穫期にむけて、サトイモは大きな葉を茂らせる。その葉に毎朝露が降りて、葉っぱの中央に水玉ができる。葉を動かすと、きれいな露の玉はきらきらと光りながら転がる。
 「その露を集めてきて、すずりに入れて墨をするのです」
 なんという優雅な話だろう。書道を習うということは、単に字が上手になるためではなく、暮らしや自然を学び、自然の美を味わうことと一体になっている。
 この書道教室のおじさんは気さくな人だ。キュウリやナスを家の横で作っていて、ある朝、そこを散歩していくと、
 「ナス、もっていくかい」
と、もいでいたナスをいくつかくれたことがあった。
 この7年間、おじさんの書道教室の前を散歩で通っていて、ついぞ生徒を見かけたことがなかった。けれど、この七夕飾りで生徒の存在を知ることが出来た。

 我が家の近くに、地這いトマトを作っている人がいる。面積は6、7反はあろうか。地這いトマトは地面を横に這うように蔓を伸ばす。その畑のオーナーは毎朝5時ごろから、トマトをコンテナに入れて近くのトマト工場へ軽トラックで運んでいる。トマトはジュースに加工される。
35度前後の暑さがつづくこの夏、トマトにとってはよい環境かと思っていたら、とんでもない、暑すぎて日焼けもおこしている。
 「トマトも最盛期を過ぎましたか」
と、農家のおじさんに聞いてみると、
 「みなさん、暑ければよくできると思っているようだけど、35度を超えると、色は赤くならず、中がゆだるんですよ」
 意外な答だった。日焼けを起こしたトマトは太陽の当たる面が白くなる。さらにトマトの中に熱がたまり、ゆだってしまってだめになるとは。気温が35度を超えるとき、太陽に熱せられた地面は40度以上になっている可能性がある。だからゆでたトマトになる。
 トマトと同様、わが畑のカボチャも、ひどい状態になっていた。カボチャはつるを伸ばして辺りを覆ってしまうほどに茂る。カボチャのつるや葉の下から、草がぼうぼうと茂って、草の中にカボチャが埋没する。ぼくはあまりに草が高々と茂るものだから気になり、草刈しなければと思うようになった。それで高く伸びた草や蔓の間の草を刈り取った。それが間違っていた。
 草はカボチャを守りもしていたのだ。そのことに気づかなかった。草は朝露を集めて土に適度な水分をもたらす。さらにかぼちゃの実を太陽熱から守ってくれる。そのことを忘れて草退治した結果、カボチャは熱射にさらされ、無残な結果になった。10個ほど成っていたカボチャの実は太陽に焼かれた部分は白く腐ったようになり、実の中も変質してしまった。
 苗3本を植えたメロンも同じことになった。
 草と作物との関係をつい忘れてしまって、草をなくしたほうがいいと思ってしまう、浅はかさ。