老いてなお草を引く

草を満載した一輪車を押してくる。小柄な人だ。
草の山から頭だけのぞいている。
小学生が一輪車を押してくるみたいな、ゆっくりゆっくり。
近づいてくる人の顔が見えてきた。とても年を取ったおばあちゃんだ。
土曜日の朝早く、涼しいうちの野良仕事。
あいさつしたら、おばあちゃんは一輪車を止めた。
一輪車の持ち手を放して、後ろ向きになると、一輪車の後部に腰を下ろした。
「すごい草ですね」
「草がいっぱい生えてね」
おばあちゃんは、話し出した。
何日間か、畑に来れなかった。そうしたら、畑は草でおおわれていた。
「つまずいて、こけただ」
こけて脚にけがをした。
医者に診てもらった。畑を休んだ。
「そうしたら、この草、これが増えてね。この草、いい花が咲くだが、いっぱい増えて困るだ」
おばあちゃん一人ではとても草は取りきれない。
「来週、孫が手伝ってくれるがね」
でも孫は当てにならない。
一雨降ると、草は地面が盛り上がるように芽を吹き伸びる。
今朝おばあちゃんは草の海に沈んで草を引いた。
海はいっこうに小さくならず、草ぼうぼう。
「おばあちゃん、年はいくつ?」
「80!」
引いた草を一輪車に乗せ、ゆるゆる押してきた。
そこへいい話し相手がやってきた。
どこの誰だか知らないが、知らなくても困らない。知らない人だが話をしましょ。
一輪車に座って休憩して、思いの草を吐き出す言葉は吐息のよう。
畑仕事は大変だ、除草剤は撒かないし、草刈機は使わない。動けるのは自分だけ。だから働く。意欲はあるが体がいうことを聞かない。
「無理しないでね」
と言ったお別れした。もっと話を聞いてあげたらよかったと、後から思う。

昨年は姿を見なかったが、最近よく見かける、もうひとりのおばさんがいる。
20坪ほどの小さな畑を借りて野菜を作っている。
両脚に障害があり、手押し車を押して、やっこらやっこら畑にやってくる。
畑に入ると、どすんとお尻を下ろしてしまう。曲がらない両脚を前に伸ばしたまま、草の朝露がお尻を濡らしはするが、両手のとどく範囲の草を引く。草に手が届かなくなったら、両手で地面を押して尻を浮かし、横に移動する。
おばさんは鍬をもって耕すことができない。耕せないから、畑にうねがない。植えるのは、ネギと葉物野菜少々、作物の列はまっすぐにならない。
7年前まで御亭主が畑をやっていた。その御亭主がおばさんを残して亡くなってしまった。一人残されたおばさんは、土を這って、自分にできることをやっている。
だんだん気弱になってきたのか、このごろ、あいさつの声も小さくなった。おしゃべりもしなくなった。