キジをのぞきに来た人


 麦畑と稲田の間の道を、遠くのほうからすたすたこちらにやってくる御婦人がいる。白い長靴にエプロン姿、農作業姿だが、軽トラックに乗らず、歩いてやってくるこのおばさんは、どこへいくんだろう、と窓から見ていると、おばさんはキジの巣の前まで来て、そろそろと巣の上に頭を伸ばし、刈った草で囲まれた巣のなかをのぞいている。母鳥に不安を与えないようにしてくださいよ、と思っていると、おばさんは、キジの巣をのぞいたら、もと来た道をさっさと帰っていった。おばさんは、キジの巣を見に来たのだった。キジの巣は、アヤさんがさらに周囲に枯れ草を置いたから、すっぽりと草に包まれているような感じだ。長い褐色の尻尾だけが見える。このおばさん、一体どこから来たんだろう。見ていると、おばさんは500mほど行ったところの畑に入った。それで分かった。その畑の隣の畑を耕作しているMおばさんと、数日前キジの巣の話をした。Mおばさんは、とてもおもしろがって聴いてくれた。
「道路のすぐ脇ですよ。どうして、あんなところに巣を作ったのですかねえ。13個も卵を産んでるんです。飲まず食わずで卵を温めているんですよ。雨が降ってもね。」
「すごいですねえ。母親ですねえ」
「13個の卵がかえってヒナが生まれても、生き残るのは、2、3羽ということですよ」
「カラスなどにやられるんですねえ。きびしいですねえ」
 そんな会話を交わしたのが、今日のおばさんに伝わったのだ。それで興味を持って、見に来たというわけだ。
 ここんところ道で出会う人とはキジ談義だ。キジの話をすると、表情がどの人も例外なしにほころぶ。挨拶を交わすときの顔が、キジの話を聞いたとたんに変化して、生き生きと笑顔になるのがおもしろい。マメシバを連れて巣の横にやってきたNさんは、水路に落ちていたヒナを助けてやった体験や、卵からかえるとすぐに歩き始めることとかを話した。この親キジと卵が、草刈後も人間によって守られているのがうれしそうで、
「いい話を聞いた」
と笑顔で帰っていった。
 今朝、巣をのぞいてきたお隣のOさん、
「どうしてこんな見つかりやすいところに巣を作ったのかね」
とキジ談義。
「ツバメのように、人の通るところのほうが、カラスなどの天敵が来ないと考えたんだろうかね。」
「野良猫や散歩の犬が、すぐ横を通っても巣に潜んでいるキジの気配を感じないのかねえ。そのままさっさと行ってしまうのはなぜだろね」
 ネコの嗅覚は人間の数万から数十万倍、犬は人間の100万倍はあるといわれている。巣の横1メートルのところを通れば分かるはずだと思うが。
「卵を抱いているキジは、臭いを出さないのかなあ」
「うーん、不思議だねえ」
 ひょっとしたら、飲まず食わずの状態で24日間温めるから、その体の状態は休眠状態のように生理が低下しているのではないか。いや、あるいは、大地に密着している状態がネコや犬を近寄らせないのかもしれない。
 すでに10日近くになるが今日も卵を無事に抱いている。これは偶然のことなのかもしれない。