キジが襲われた


 ランを連れて家から出た。半そでシャツ1枚は少しひんやりする。とつぜん宮田さんの姿が現れ、すたすたこちらにやってきた。
 「やられた、やられた」
 「エッ、何?」
 「キジが、やられただ。キツネにやられただ」
 キジが殺された。朝4時過ぎ、マミの散歩でキジの巣の前に来てみると、羽が散乱している。巣をのぞくとキジの姿はない。殺されたか。卵は13個、そのまま残されている。宮田さんの話を聞きながらすぐさま巣のところに行った。
 「昨日、夕方は巣にいただ。尾羽が見えただ」
 ぐるりを枯れ草が囲んだ巣、キジの頭は見えないが、黄土色と焦げ茶色のまだら模様の尾羽はいつも草の上に出ていた。
 「朝夕見るたびに尾羽が位置を変えていたでねえ」
 今朝はその姿が消えていた。キツネだと宮田さんは言う。ヒナがかえるまでもう数日だろうと予測していた矢先だった。
 「向こうの畑にキツネの足跡があったから、キツネだよ」
 宮田さんは、巣をのぞきながら話しつづける。
 「麦畑の方に羽が散らかっているから、キツネは麦畑でキジを殺しただね。そっから、くわえて持って行っただ」
 宮田さんの口ぶりに無念さがにじみでる。
 ランはあたりを嗅ぎながら興奮し、リードを引っぱって、捜索犬になったみたいだ。おとなしくさせるために、道路標識の支柱にリードをつないだ。
 野良猫かもしれないと言うと、いやキツネに間違いないと宮田さんは確信的だ。キツネは冬によく見かけたが、今はもう山に帰っただろうと思っていた。
 「キツネがまだこの辺りにいたのかあ。もうすぐヒナがかえるのになあ」
 「卵はもう冷たくなっているよ」
 宮田さんは、卵を一個取り出して手のひらに乗せた。ぼくも指で、鶏の卵より一周り小さいキジの卵にさわってみると、母鳥の体温はもう感じられなかった。
 「卵の中ではもう体ができていると思うよ」
 そう言いながら宮田さんは卵をまた巣に戻した。
 「吉田さんにすぐ知らせようか、どうしようかと思ってたのよ。マミの散歩を終えて帰る途中、どうしようかと鎌田さんのところまで行って、待っていたのよ。そうしたら姿が見えたから」
 宮田さんはぼくに知らせたくて、家から出てくるのを待ってくれていたのだった。
 「がっかりだねえ」
 「がっかりよ」
 二人一緒にため息が出た。
 1時間あまりのウォーキングから帰ってきてから、洋子に知らせた。洋子もショックだった。
 「キツネも食べ物がないんだねえ」
 キツネがキジを殺したというよりも、キツネがキジを食べたと言ったほうがいい、それが事実だろう。キツネにしてみたら、ごちそうが目の前に準備されていたということなのだ。
 「綾子さんにしらせなきゃ」
 綾子さんは巣の第一発見者で、巣を守ってきた麦畑の主だ。電話をする。
 「やられたよ」
 「何?」
 「キジ、やられた」
 いきさつを話すと、綾子さんは口調は冷静だったが、やっぱりショックのようだった。
 「昨日は佐々木さんを連れて巣を見に行ったのにね。秀武さんがキツネを見たと言っていたから、やっぱり」
 朝食を終えて庭に出ていると、野道を二人が歩いてきた。綾子さんと佐々木さんは御近所同士だが、二人の家は我が家から5、600メートルほど離れている。
 「線香もってきましたよ」
 綾子さんは、線香の箱を見せた。佐々木さんは、襖絵を描く日本画家で、あごひげをはやしている。いったい何歳なのかよく知らないが、40歳代に見える。3人いっしょに巣に行った。綾子さんは線香をあげた。佐々木さんは卵を持って帰って温めようかと言う。
 「吉田さんも温めない?」
 「それはしたことないよ」
 「わたしも、したことないです。箱に入れて、白熱電球をつけて温めようかな」
 佐々木さんは卵を一つひとつ取り出してポリ袋に入れた。
 「あ、下のほうの卵、まだ温かいよ」
 冷たくなった卵と体温を残した卵、佐々木さんの感動した声が伝わってきた。
 「じゃあ、よろしくお願いします。ヒナがかえったら、佐々木さんを親だと思って、付いて歩きますよ」
 二人は野道をゆっくり歩いて帰っていった。