キジはひたすら卵を抱いている


 夜中にランが吠えるので眼が覚めた。ランは何に反応しているのか、耳をすますと、家の外で変な鳴き声がする。聞いたことのない鳴き声で、ランはそれに異常を感じて吠えている。小犬が鳴いているような声にも聞こえるし、犬にしては不自然な鳴き声でもある。ぼくも起きて、声のするほうを、窓を開けて見た。キュンキュンともグェグェグェとも聞こえる。時計を見ると午前三時半、「草木も眠る丑三つ時」から1時間後だ。どこからその声は聞こえてくるのか、庭なのかガレージなのか、位置的にはキジの巣のあるところの反対側だからキジは無関係のようだ。耳をそばだてていると声は止んだ。なんだか分からない。謎解きは朝に持ち越すことにしてまた寝た。
 午前5時、ランをお供に散歩に出る。キジの巣をこっそり足音をしのばせてのぞくと、積み草の穴からキジの背中がみえた。穴の底にキジはぺたっと大地に張り付いている。まったく身動きせず、卵を温めている。
 ウォーキングから帰って食卓に向かう前、ひょっと窓から見ると、褐色のぶちの毛色のネコが、となりの空き家の軒に置かれた材木の中に入った。ときどき見かける野良猫だ。数十秒して材木の下からまた出てきたとき、ネコは口に白いものをくわえている。ノラは擁壁を飛び降り、工房の裏に入っていった。くわえていたのは子ネコだ。あのノラ、子どもを産んだのだ。そうすると夜中の謎は、この子ネコの鳴き声だったのだ。ノラは安全な子育ての場所を工房の床下に決めたな、それで引越しだな、そうすると、床下でニャオニャオ鳴かれることになるが、それは少々やっかいだな、という思いが頭をかすめた。やっかいだと思う気持ちが出ると、やっかいを打ち消す変化球が出てきた。畑に出没して芋などを食いまくるハタネズミがいるんだから、ノラがいてもいいではないか。
 朝食のとき、昨夜の謎の声とノラの出産のことを家内に話していると、工房の床下から出てきてタマネギ畑の畦を走っていくノラが見えた。あれ、また子どもをくわえている。子どもは母親と同じ茶色のぶちだ。お母さんネコは、畑を突っ切って、Kさん宅の生垣をくぐっていった。Kさんは80歳を超えて、一人暮らし。最近外出することもない。息子や孫が隣村に住んでいて、ほぼ毎日Kさんの介護に来るようになった。ノラは最も安全な子育て場所を、Kさんの納屋かどこかに見つけたのだ。産んだ場所から200mの距離を、ノラは子どもたちを無事に運びきったようだった。ノラよ、キジには近づかないでくれよ。
 母キジは、一時も卵から離れない。草の穴に入り込んだまま、雨が降ったが、貼り付いたままだ。雄キジは近くにいるらしく、ときたまケーンと鳴き声が聞こえる。父親らしく巣の近くで見守ることもしない。卵の上から温める母キジは、のどもかわくだろう、腹も減るだろう。雄キジと交替しないのか。見守り隊の大人たち、子どものキジが生まれるまで、あと20日、観察を続ける。