キジが抱卵していた

 畦の草刈をしていたアヤさんが、自転車を止めて声をかけてきた。草刈機は自転車の荷台にくくりつけてある。
「すぐそこにキジの巣があってね。草を刈ってたら巣がでてきたのよ」
 アヤさんの田んぼは我が家の筋向いにある。一人暮らしだから、田畑も数枚つくっているだけである。昨年は大豆、一昨年はソバをつくり、今年は稲作、それも機械を使う部分は大規模農家のSさんに依託してやってもらっているから、自分の仕事としているのは畦の草刈ぐらいである。それでもマメによく働く人だ。
「えっ? キジの巣?」
「草刈ってたらねえ、巣があったのよ、そこ」
 どこどこ? 行ってみたら、なんと我が家から10メートルほどのところ、それも舗装道路から3メートルほどしか離れていない。ミヨばあちゃんの家のすぐ裏である。そこは草はひざぐらいまで伸びていた。それを刈っていたら、あれこんなとこに、と巣が見つかり、卵が生んである。大変なことをしてしまったと思ったアヤさん、
「巣の周りは全部刈ってしまったのよ。どうしよう」
「草に隠れていた巣が、露出してしまいましたねえ。カラスに卵をとられるかもしれないですねえ。犬もここの道、通りますよ」
焦げ茶色の野良猫がこのあたり毎日うろうろしている。
アヤさんはちょっとしょげている。
アヤさんが来る前に、雄キジと雌キジが、ブドウ畑のほうへ入っていったのを見た。
「これだけ巣がまる分かりになったら、もう巣に戻ってこないかもしれないね」
と、巣をのぞくと、鶏の卵よりも一回り小さな卵が13個も生んである。このままでは、カラスに見つかったらおしまいだ。
「キツネは冬の間はこの辺りにいたけれど、今は山に帰っているようですね。今の外敵はカラスとネコと犬ですねえ。刈った草を巣の回りに積み上げて、卵のところだけ空けておきましょう」
アヤさんにそう言って、二人で周辺の刈り取った草を集めて、巣の回りに円く積み上げた。こんもりと大きな巣になった。けれど、親キジはもどってくるかしら。卵にさわってみると、温かくない。大丈夫かな。
「様子を見ましょう」
「話をして、ちょっと胸が楽になったわ」
とアヤさん、だいぶ後悔していたんだなあ。
 それから2時間ほどしてから、またアヤさんがやってきた。
「キジが巣に入って卵を抱いている」
「えっ? ほんとう?」
「巣をのぞいたら、しっぽが動いたよ」
 ぼくも行ってみた。抜き足差し足、巣に近づくと草に囲まれた穴の底にキジの保護色の枯れ色と白色のまだら模様が見えた。ぼくは指をまるくして、離れて見ているアヤさんに示した。
「いる、いる」
声をひそめて言うと、アヤさんの顔に笑顔が戻っていた。
「キジは何日ぐらいしたら、卵からかえるんだろ」
「そうですねえ、鶏と同じぐらいかねえ」
と、あいまいな返事をしたが、後で調べると24日前後だそうだ。
巣の横を農道が通っている。ここをMさんが犬のマミを連れてよく通る。Mさんにも言っとかなきゃ、と思っていたら、マミをつれて現れた。
「Mさん、あそこ、キジの巣があるんでね」
 巣の位置を指し示して話すと、
「あそこ、マミがいつもトイレするとこだよ、へえっ、聞いてよかった」
 次は軽トラックを止めて花の世話をしている、Kさんご夫婦が巣の横を通るから、お二人にもと思っていたら、仕事を終えて帰る二人に出会った。巣の話をすると、御主人、
「めでてえことなのか、どうなのか」
と言うから、
「めでてえ、めでてえ」
とぼくは応じた。軽トラックの窓から巣をのぞいた奥さんの顔は、ニコニコ顔になった。
 家内にも話すと、やっぱり忍び足で巣をのぞきにいって、笑顔になって帰ってきた。
「なんとあんなところにねえ、おおらかな鳥だねえ」
 なるほど、おおらかな鳥か、そのおおらかな、おおざっぱさでは無事ヒナにかえるのも少ないだろう。