ござそうろう

 おじいちゃんが店内に入ってきました。デパートの地下、食料品売り場は客がいっぱいです。客たちは、歩くともなく止まるともなく、売り場を見て動いています。おじいちゃんは前へ進むのがやっとのことで、立ち止まって売り場を見わたしました。はてどこにあるのだろう、途方にくれています。食料品売り場は種類ごとにコーナーに分かれていますから、そこで目的のものを見つけるには、そのものが属する種類の売り場コーナーを探さねばなりません。ざあっと見わたして天井近くに吊るされている説明板を目で追いましたが、見つかりません。
 自分で探すのは時間がかかって、たいへんだなあ、おじいちゃんは考えました。デパートの人に聞いてみよう、それがいちばんだ。すぐ横の店の店員が、商品の名前を書いた札を掲げ、売り声を上げています。若い女の子の店員さんです。その子と視線が合いました。この子に聞くことにしよう。
 「お菓子売り場はどこですか」
 「お菓子売り場ですか。どんなお菓子ですか」
 「えーと」
 おじいちゃんは、一瞬ためらいました。が、思い切って言うことにしました。
 「あのね」
 一呼吸おいて、声をひそめ、
 「ござそうろう」
と言ったとたん、なんだかおかしくなって、ニコリと笑いました。
 それを聞いた女の子もおかしくなって顔にぱっと笑顔があふれました。
 「ござそうろう、ですね。ちょっとここから離れていますよ」
 女の子はポケットから折りたたんだ店内の地図を出しました。それを広げて、おじいちゃんに見せ、店の位置を指し、
 「ここをまっすぐ行って、いったん店の外に出てくださいね。それから右に曲がってすぐの入り口からまた入ってくださいね。そうしたらすぐ前に、ここにござそうろう」
 「あはははは」
 おじいちゃんは笑いました。女の子もうれしそうに笑いました。おじいちゃんが、女の子の売り場を見ると、そこもお菓子でした。
 「ありがとう」
 おじいちゃんはお礼を言って、女の子の言ったとおりに進んでいきました。いったん外に出て隣のドアからまた店内に入ると、目の前に「御座候」、目的の店がありました。お客さんが3人買っていました。ござそうろうは、小豆の赤あんとインゲン豆の白あん、それぞれ5個ずつ買いました。ござそうろうは、大阪では回転焼きとも太閤焼き(太鼓焼き)とも言われるものでした。焼きたては熱く、いい香りがしました。
 ござそうろうは、息子の嫁の好物です。今晩息子の家に泊まります。じいちゃんが家を出るとき、ばあちゃんが、ござそうろうを買ってお土産に持っていって、と言っていたのでした。
 息子の家で孫たちと食べた「ござそうろう」は、材料の豆の味と香りが好ましく、甘くておいしい、添付の説明に「古きよき日本」と書いてありました。