日曜日、古い材木をもらいにいった



 自転車に乗って投票所に行く途中、イワオさんの家からチェーンソーの音が聞こえてきた。堅い木を切っているような音だ。
 投票場には役所と区の役員が投票箱を部屋の真ん中に置いて、取り囲むように座っていた。新区長のカズトさんがいる。最敬礼してニヤリと笑みを送る。カズトさんは照れ笑いしながら「ごくろうさま」と返す。投票用紙に、ささっと記名して箱に入れる。公民館長のアキラさんが立ち上がって「ごくろうさまです」とニコニコ挨拶。ぼくもニヤリと笑って、「ごきげんうるわしゅう」と挨拶。アキラさん、冬場はスキー学校で子どもたちに教えてきたが、もう季節も終わりだ。アキラさんの顔を見て、ぼちぼちやらなくちゃと思う。我が工房で、「山を語り合うアフタヌーンティーの会」だ。メンバーは、絵描きのシュウさんら入れて6人ほどの山好き。シュウさんは飲み会がいいと言うが、まずはコーヒーパーティで始めよう。そのなかにタダシさんも入れて。タダシさんとは、今朝6時ごろに須佐渡の森で会った。
 ランを連れて、今朝は須佐渡まで上がった。そこへ軽トラなどを連ねた5台の車が下りてきた。先頭にタダシさんがいた。停車したタダシさんは驚いた顔をしていた。朝早くこんなところで出会うとは。
「サル、見かけませんでしたか」
「サル追いですか。以前よく見かけましたが、最近見ませんね」
 去年の秋はよく見たがこのごろ見ない。サルの匂いがあるとランは敏感に反応するが、今朝のランは落ち着いている。車の列は、猟友会の人たちだった。同じ区のよく知っている人が二人いた。タダシさんも猟友会のメンバーだったとは知らなかった。開けた車の窓から、タダシさんは猟銃の弾を指でつまんで見せてくれた。里山のこのあたり、サルが作物を持ち去ったり、食い荒らしたりするものだから、サルたちに追放令が出て、犬を使ったサルの撃退が行なわれてもいる。
 一行と別れて、ぼくとランが下りていくと、猟銃の音が遠くで聞こえた。

 投票所から出てくると、チェーンソーの響きが続いていた。イワオさんの裏庭にあるコヒガンザクラが満開で、その根元から分岐したもう1本の幹が2メートルほどの高さで折れ、幹全体が枯れている。その枯れ木部分を根元から切っていた。
「てつだいましょか」
 声をかけて庭に入り、しばらくチェーンソーのぶんぶん唸るのを見ていた。切断しているところは電柱ほどの太さがある。
「これコヒガンザクラですね。きれいな花ですね」
「そう、コヒガンザクラ
 10年前、飯田で見たコヒガンザクラは見事なものだった。サクラは材質が硬いから、切断はなかなか手ごわい。イワオさんは、この枯れ木もぼくの家に持って行こうと思っているらしいと途中から分かってきた。一月ほど前、伐り倒した柿の木一本を持ってきてくれた。薪ストーブの燃料用に。それにつづくサクラだ。ぼくも一緒に押したり引いたりして枯れ幹を倒すと、
「これくらいでいいかね」
とイワオさんはストーブに入る長さにさらに切断して、軽トラックに乗せ運んでくれた。
ぼくは、自転車をお尻をあげて全力でこいでトラックより早く帰ってきた。

 穂高で大工さんが家の前に古材を積み上げているところがある。そこから一度古材をもらったことがあった。それは我が家の門として、バラのアーチになっている。最近、薪置き場を新たに作る必要があると思ったから、また角材をもらおうと、大工さんの家に行ったら、
「どうぞどうぞ、あれはみんな燃やしてしまうものだから。いつでも来て、勝手に持っていってください」
と、満面の笑みで応えてくれた。そこで日曜日の今日は適期だと思って乗用車で出掛けた。それをどう運ぶか、ぼくの算段では、乗用車の屋根に柱をブルーシートでくるんで載せ、ロープで屋根にくくりつけるというものだった。車の屋根の両側にそれ用の手すりのようなものがついている。スキーを乗っけたりできる。
 大工さんは作業場にいた。その旨を伝えると、
「乗用車の屋根に載せるのですかあ。傷みますよ。釘も打ってあるからね」
「釘は抜いて、ブルーシートで包んで載せます」
「いやあ、傷つきますよ。私が運んであげますよ。おうちはどこですか」
 ふたりしゃがんで木の枝を持ち、土の上に地図を書いて説明した。
「ああ、そこですか。近いね。じゃ、運んであげますよ」
 ぼくは恐縮して、お願いした。
 雨にぬれたりもしてかなり腐食しているものや、古い梁材の重いものもある。それらの山から使えそうな角材を引っ張り出し、持ってきた釘抜きで釘を抜いた。いただいたのは4寸柱の材木を8本と、あと3本の細めの角材だった。防腐塗料を塗ればりっぱに使える。
 「ちょっと昼に、いっぱい飲んだから、今すぐ行けないだがね。息子が帰ってきたら、息子の運転で持っていきますよ」
 大工さんはそう言って、トラックを準備してくれた。その荷台に釘を抜いた古材を載せた。
 息子さんには小さな女の子がいて、大工さんはその孫娘がかわいくて仕方がない。孫娘と遊んでいる大工さんにお礼の言葉をかけて、家に帰った。
 4時過ぎ、トラックが材木を積んでやってきた。若い息子さんが運転していた。材木を3人で裏庭に下ろした。
「またいつでも声をかけてください」
 親切な大工さんは、相変わらず満面の笑顔で帰っていった。
 角材を雨のかからないところへいったん置いて、それから夕方の冷えが背中にしみてくるまで薪置場の設計図を頭に描いていた。